火災、その後。見えてくる政治の貧困2009/03/25

火災、その後。
 今回の火災とその後の被災者とのかかわりでいろいろなことが見えてきます。少しづつ、お話します。

その 1  「自己責任」
 
 3月24日、大半の被災者の皆さんの借り住まいが決まりました。自力で探す方を除く10世帯に県営住宅の一時入居が提供されたのです。

 条件は、改修なし、家賃なし、3ヶ月限定。
 まさに、「一時的に雨露しのぐ場を提供するからその間に次の住居を探しなさい」というもの。
 ほかに、市営住宅には特定入居というものがあり、これは普通の募集と同じで、改修済、恒久入居ですが、家賃あり、入居資格制限あり、です。

 結局、市営、は空き家の場所が遠かったこと、上のほうの階が多くてエレベーターがないなど、長くすむには人気がなくて、全部が県営の一時入居ということになったようです。

 私は、町会長として説明と入居崎決定の場に立ち会ったのですが、一時的にせよ落ち着く先が決まっていくのは避難所の管理者としてはほっとする反面、火災の被災者への行政の支援の薄さに改めて慄然たる思いがしました。
 火災への対策は自己責任。

 避難先も
 後の住居探しも
 焼け跡の片付け、建物撤去も

 すべて自己責任なのです。

 避難先は、よほどの大火ならば公共施設も提供されるようですが、基本的には自力、又は町内会館など。
 住居探しにも公営住宅の出動は、かくのごとき寒々しさ。
 焼け跡の片付けには家庭ごみの臨時収集費用の減免があるだけ。お店のごみはだめ。

 この自己責任という言葉が、今回のように古い市場の火事には一層重くのしかかります。

 膨大な量の瓦礫処理、多焼け焦げて残った建物の構造物の撤去、この費用をどう捻出するのか。
 地主さんが一人ならすぐに解体撤去して更地にしてしまうところでしょうが、土地も建物も共有名義で、被災の程度の違う数十人の権利者がどうやってまとまれるのか。困難に目がくらみそうです。

 私はただの借家人でしたので、権利関係に入りませんが、長年お世話になった市場の関係者の皆さんの落ち入った困難に、少しでも役に立てないかと胸をいためるばかりです。

新事務所2009/03/25

事務所移転新設中です。

 火災後すぐに、近くの「ハオ作業所」という障害者作業所から「うちの一画に越していらっしゃい」というありがたいお申し出を受けて、次の場所に新事務所を移しました。というより新設します。(旧事務所は全滅ですので引越しとはいえません)すぐ近くです。

 〒660-0892 尼崎市東難波町3-19-23
             酒井 一 事務所

 電話・FAX等は前と同じ番号で再開しますが、来週になります。
 メール等は議会のPCでつながりますので今までどおりよろしく。

市場火災仲間2009/03/25

 難波センター市場の少し前に同じく大火のあった椎堂の園和ショッピングセンターの様子を見てきました。園田支所の職員さんに案内してもらって現場に行くと、建物の構造物、といっても焼けたトタンなどが重なっている状態で、ここも後の処理が大変だと思いました。住宅に包まれるようにして焼け跡があり道に接している面積が小さいことも処理の困難さを増幅しています。

 ここは個別の所有だそうで、火災後すぐに不動産屋が虫食い的に買収に入ったりという、共有(区分所有)とはまた別の不都合があるようで、いずれにしてもこの種の市場火災の処理困難は変わりません。