新型インフルエンザパニック2009/09/02

自治体議員政策情報センター「虹とみどり」の岡山研究会、刺激的でした。特に「新型インフルエンザと危機管理」の分科会は講師の主張がわが意を得るものでわくわくしますした。
 紹介します

分科会 新型インフルエンザと危機管理
 
  レポーター 黒部信一 小児科医

 主張の要約

 ○ 感染症は人と病気の適応関係で生じる。重症度は人間の側の健康状態―免疫で決まる。

 ○ 免疫は環境に左右される。特に社会的、精神的、心理的要因が大きく作用する。

 ○ したがって病気と闘うのは個人ではなく。(人々の免疫力を高める、ストレスを軽減する、という意味で)社会である

 ○ ワクチンという個人対策ではなく、社会的対策が必要。

 ○ しかし交通の発達した現代では、検疫―水際阻止は、完全な鎖国でもしない限り効果はない。

 ○ 隔離対策は有効だが、徹底しなければ意味がなく、徹底すれば人権にかかわる。

 ○ 結局、根本的には病原菌(ウィルス)と人間の関係は適応共存状態で落ち着く。
   人は免疫を獲得する。一方病原菌は弱毒性の方が残りやすい。
   (致死性の強さと流行性は背反する―患者がすぐ死ぬと伝染の機会が減る)

 極端に言うと、「感染症への根本対策は、健康を増進し、免疫力を高めることに尽きる」との議論のように聞けた。

 私(酒井)は、この春の新型インフルエンザ騒動について、
 
  強毒性の鳥インフルを想定して準備した対策を、今のところ弱毒性の豚インフルのケースに発動してしまったこともあって、感染のリスクと社会活動、人権の阻害とのリスク対効果のバランスを失った感がある、
 
  ワクチン投与対象者の序列を公然と定めたことも、危機管理への国民教育であり、公共の価値の前に個人の価値を沈黙せしめる訓練の意味をもつ、  

  防疫対策やワクチン、タミフルなどの治療薬が前面に押し出され過ぎて、何よりも重要な、免疫力、健康への配慮と対策抜きに、何か特効的な感染防止策があるかのように思わせて、その体系に人々を統合しようとする働きがある、

 などの批判を持っていたが、

 わが意を得た。

 しかし、だからと言って感染症に対して、まったく防疫対策や治療が不必要というわけにはいかない。特に強毒性の場合は犠牲の極小化のための社会的政治的対策はないがしろにできない。
 今回の新型インフルのように弱毒性の場合でも、初流行、新型である限り、免疫がないので影響は広くリスクも未知数だから、しかるべき予防策は欠くわけにはいかない。
 

 つまるところ、そこでは、金銭面だけでない費用対効果の判定、人権、社会的損失と罹患のリスクとの比較考量がとても大事だということになる。