研究会「土曜会」のご案内 第1回 「メディアと政治」2026/01/29

 私たち旧酒井事務所、現迫田事務所周辺にまつろう人たちの中から、年甲斐もなく「やっぱりこれからは勉強もしなくちゃ」との機運が、起こってきました。
 そこで年に2か月ごとくらいをめどに、時事、歴史などからテーマを選んで、ごく少人数で研究会を催すことに相談がまとまりました。 
 名前は、ないと困るので、仮に「土曜会」とでもしておきます。そうは言っても別に土曜日に開くと決まっているわけではありません。

 第1回は、近頃、政治の世界で、SNSが大いに利用され始めていることについて、どう付き合っていけばよいのかについて考えたいと思います。
 SNSそれ自体は人々の間の新しい意思疎通、情報共有などの手段として大いに役に立つはずのものなのです。市民の民主的武器として役に立った例も私たちは知っています。
 しかし他方で、SNSを使ったデマ、脅迫、誹謗中傷が蔓延して、多くの人を傷つけ、場合によっては命まで奪っていることも事実です。
 情報伝達手段の発達と、それに助長された誤った情報伝達と、その不幸な結果の組み合わせは人類の歴史上、例のないことではありません。
 中世ヨーロッパの魔女狩りと、その広がりを支えたグーテンベルグの活版印刷術。
 ナチスドイツの台頭、日本の軍国主義的熱狂とラジオ放送。
 同じくナチスによるベルリンオリンピックなどの映画利用。 
 活版印刷も、ラジオ放送も社会の発展に大きく寄与したのですが、他方では不幸をも運んだのです。
 では、SNSはどう扱えばよいのか。その効果と危険を仕分けして正しくつきあいたいものです。
 
 今回は山中速人さん(社会学者 関西学院大教授【メディア情報学】)を導き手にこのことを考えてみたいと思います。
 少人数学級にしたいのと、会場が狭いのとで人数を限ります。参加希望の方は下記までお申し込みください。

 連絡 問い合わせ先  広畑 貞明  ℡090-7497-3307
            酒井 一   ℡090-1903-3171
         

日時 2月12日(木)18時から

会場 尼崎市立中央北生涯学習プラザ 
   学習室3 「土曜会」でとってあります

尼崎朝鮮学校に関する市の政策―その歴史的経緯2026/01/12

尼崎朝鮮学校に関する市の政策―その歴史的経緯
 
  2026年1月
尼崎朝鮮学校をささえる会  代表世話人    酒井 一

朝鮮学校を巡る議論が幾度目かの表面化をしています。
今回の議論は、朝鮮学校への行政の支援に反対する人々から仕掛けられているのですが、それに対して、支援を正当なものと説明するために「歴史的経緯」という言葉がよく使われています。
しかし、その「歴史的経緯」の「中身」は、それこそ歴史の中で風化しているきらいがありました。その「中身」特に行政施策としての朝鮮学校支援の形成過程を、できるだけ行政の公文書などに依拠して明らかにする必要を痛感したのでこの資料を作成しました。

歴史的経緯の説明を試みた事案は、次の3点です。
1 1945年~46年 朝鮮学校の発足から禁止。市立学校の分校と位置付けたこと。
2 1965年~66年 市立学校の分校から再び朝鮮学校へ
3 1981年     尼崎市が朝鮮学校就学補助金を開始したこと
関係諸兄姉の参考に供します。朝鮮学校を支え、守るためにお役に立てば幸いです。


Ⅰ 朝鮮民族学校への弾圧 尼崎市立小の分校になる

1945年8月 敗戦 朝鮮植民地支配の終了
〇1946年春 朝鮮人学校設立 主に日本国内に定住していた朝鮮人による自主的な民族教育のための学校 「初等学校」と呼称    
 ・市内の在日朝鮮人 約45000人 武庫川河川改修 阪神国道工事に働く(強制連行とは別)
・朝鮮学校の当時の実態(1949年9月)
守部・常松・大島(今北)・浜田(崇徳院)出屋敷・大庄(西)・長洲・立花(三反田)園田西部(塚口)園田東部(小中島) 23教室 871人 教員23人

〇GHQの占領政策の転換 民主化 → 共産主義への防波堤 「逆コース」
1948年1月24日 通達「朝鮮学校の取り扱いについて」
  市立学校の認可を受けよ(朝鮮語教育を否定) 日本の学校へ通え
1948年4月 阪神教育闘争 (「阪神教育事件」とも)
1949年9月 「朝鮮人連盟」に解散命令(団体等規制令)
1949年10月 兵庫県 朝鮮学校に改組(閉鎖)命令
〇尼崎市が朝鮮学校を市立学校の分校に位置付ける
1949年11月 尼崎市六島誠之助市長 朝鮮人児童を武庫小に仮収容
1949年12月 尼崎市 朝鮮學校を市立校の分校とする(5校)(全国初)
       設置理由書(尼崎市戦後教育史P290に引用あり)を県に提出 
朝鮮人教員採用 朝鮮語、朝鮮歴史、地理を正課に準じて採用 
        伊丹・明石・高砂(県内) 愛知・神奈川がつづく
        朝鮮人側からは尼崎市長宛て「誓約書」(尼崎市戦後教育史P292に引用あり)
         兵庫県と朝鮮人側の間に「覚え書」(同P293に引用あり)

Ⅱ 分校から再び朝鮮学校へ
 
〇1965(S40)年 朝鮮人側から、分校を朝鮮学校へ移管することを要求         参考(1)
        市はこれを受けて、「朝鮮学園」に移管の方向をとる           参考(2)
  参考(1) 1965年は日韓条約締結の年。朝鮮の南北対立の中で日本が韓国を承認。「共和国」側の在日朝鮮人は分校での民族教育に対する日本の態度悪化を心配したのではないか。
  参考(2) いかに上げる議会での当局答弁から、分校では日本の義務教育課程と民族教育の間で、また学校側と朝鮮人の間で対立紛争があったことが推察できる。

〇分校廃止条例(朝鮮学校の自主校化)を巡る議会の議論               参考(3)
1965年
11/18  ①文教委員会  分校廃止問題事前説明 
     朝鮮人側の希望 ・施設の無償譲渡か貸与 ・運営費援助 ・県の認可 を希望
      分校は群馬、神奈川、愛知、兵庫県にあり → 移管の方向
      「移管は良いが経済的援助はダメ」との意見あり 分校廃止条例提案は了解。 
  12/11  ②幹事長会   分校廃止について 
      「建物は売却。助成金は考えず。分校廃止条例提案する」と答弁
12/24  ③議運     分校廃止に伴う財産処分方針説明 
           ・建物 2750万円で売却 ・土地 坪(3.3㎡)10円で賃貸
           ・運営経費 在籍生徒の5年分=2550万円支給 
           本会議終了後再開 (この本会議で分校廃止議案提案→⑤ 継続審査に)
  ④議運(再開第1回)本会議で即決せず文教委へ付託の方向 総務委へも報告を求める
  ⑤本会議(最終日) 分校廃止議案提出(薄井一哉市長)
           質疑(阪本仁三郎議員) 「南北統一にもかかわる問題、丁寧に。」 
答弁 経済的問題については③議運と同じ 生徒603人の大半が北朝鮮系
即決せず、文教委員会に付託決定 (文教委審査のため本会議休憩)
⑥文教委(本会議休憩中) 分校における学校側と朝鮮人側の軋轢を報告 
分校廃止は可とするも、経済的支援には反対の声あり
閉会中の継続審査要求(起立採決可否同数、委員長決済)
  ⑦議運(再開第2回)継続審査の可否を起立採決に付すことを確認 
  ⑧本会議(再開)  委員長報告 閉会中の継続審査要求
          討論(島田幸治) 継続審査反対 即決(可決)を望む
          閉会中の継続審査可決(起立多数)
1966年
  1/13   ⑨文教委員会 分校廃止は全員賛成 経済的支援には反対の声あり
              「財産処理は再検討、助成金も白紙」と答弁  可決
  1/25   ⑩文教委員会 経済的支援問題で紛糾、休憩ののち「経済的支援は白紙、再検討」の              答弁を受けて廃止議案可決(全員一致)          参考(4)
  1/28   ⑪総務委員会  「経済的支援は白紙」答弁
  3月   ⑫本会議    文教委員会報告(波多正響委員長)「原案可決」
             分校廃止条例可決

〇経済的支援について その後の議会議論

1966年
 3/12   ⑬総務委員協議会 分校財産処分方針 
・土地 賃貸 坪10円 ・建物 売却370万円        参考(5)
 5/12  ⑭総務委員協議会 普通財産の減額譲渡について
            法的位置 使用条件付き(小学校に限る 変更は要同意)
            私法上 借地借家法による

参考(3) ・市立学校の分校として存在した朝鮮学校を朝鮮人側に移管することは、条例上は「市立学校の分校を廃止」する条例としてのみ現れる。
・1965(S40)年11月にこの問題が議会に提起されて以降、半年にわたって議論が展開されている。関連議案などが、文教、総務、議運など複数の委員会ではかられ、会期をまたいで持ち越されるなど、厳しい議論があった事がわかる。
朝鮮人側への移管そのものには全体に異議ないが、移管後の朝鮮学校に財政的援助をするかどうか、は賛否が対立し議論が闘わされたと思われる。
背景としては、朝鮮人側も日本人側も韓国系と北朝鮮系に分かれて対立があったことが推察される。
参考(4) 尼崎市議会史(P620~)によると「財産処分(=財政支援)」は検討継続が条件。
        経済的支援の可否についての発言記録見つからず。
市側が反対の保守系を説き伏せて「運営費支援の了解」を得たのか? それとも、「施設売却と土地貸付は〇 運営費支援は×」としたのか? 
背景には日韓条約の成立があると思われる。新聞によると民団系、総連系双方が議会に詰めかけている。
   参考(5) この「370万円」は当初答弁の売却予定価格「2750万円」とは隔たりが大きい。「分校設置時に朝鮮学校から買い取った金額だ」と説明されているが、この意味付けはここで初めて出てきた。当初答弁の「建物売却と運営費支援の差額「200万円」に近いことが興味深い。

Ⅲ 民族教育擁護の議論 学校教育法改正の動きを巡って

 1966年
8月  ①文教委 請願第31号 在日朝鮮公民の民族教育擁護について
        「文部広報」 母国語 歴史地理教育を認める
        外国人学校制度新設(学校教育法改正)
        弾圧を懸念
  9月  ②文教委 請願第31号 在日朝鮮公民の民族教育擁護について
        植民地への抵抗を記した教科書の査定は干渉
 1967年
  2/22   ③文教委 請願第31号 在日朝鮮公民の民族教育擁護について
 審査終了
  
5or6月 ④民生経済委 陳情第4号在日朝鮮公民の帰国協定の延長について
  7月  ⑤陳情第2号 在日朝鮮公民の民族教育について
       (前出)請願第31号と同様の議論 
       「学校教育法改正案は今国会に提出されぬ模様」           参考(6)
    参考(6) この法改正は、朝鮮学校を学校教育法1条項として位置付けて公費助成をするとともに、教育内容への日本側の支配を強めようとの意図があったのではないか。(文部大臣はその点を釈明している)それを朝鮮人側は警戒して陳情請願を重ねたと思われる。  

Ⅳ 朝鮮学校就学補助金設立の経緯
  1975(S50)年7月  「朝鮮人自主学校に対する教育費の支給に関する要請書」
(対象 市内の3幼稚園、3初級学校、1中級学校)
1979(S54)年1月  「私学振興助成金交付陳情書」(朝鮮初中級学校、園田朝鮮初級学校)
1981(S56)年12月  尼崎市朝鮮人学校児童・生徒就学補助金交付要綱 制定 
増額の歴史      1981年  5000円/年 
2017年  85000円/年 決算 88人 総額7480000円
2023年  85000円/年 決算 70人 総額5950000円
           一人当たり        総額 (2023年度予算ベース)
 近隣各市との比較   尼崎  85000/年     6120000円
西宮  85000/年     1445000円
伊丹  85000/年     1955000円
     宝塚  140000/年     1820000円
 〇朝鮮学校就学補助金支給の経緯について公文書公開を請求した結果、以下の文書が公開された。
① 「交付要綱制定を決定する」
② 「交付要綱」
③ 「制定の理由」(担当部署不明)
④ 「朝鮮人自主学校に対する教育費の支給に関する要請書」1975/7/19付 学校法人兵庫朝鮮学園
市内の、3幼稚園3初級学校1中学校を対象に義務教育にならうすべての教育費を支給すること
⑤ 「私学振興助成金交付陳情書」 
1979/1/22付 尼崎朝鮮初中級学校(小中島) 園田朝鮮初級学校
  市内の、2幼稚園2初級学校1中学校を対象に私立学校に対する一般助成と教職員研修費助成、及び幼稚園施設整備助成を支給すること
⑥ 「朝鮮学園に対する助成問題の経過」
1975年から77年の同件要望の経過 
・日朝友好協会(池田徳誠会長)も要求 ・「組織行動(大衆運動)をとる」との声も ・⑤の陳情を受けて市長が教育長に検討指示
⑦ 「他都市の朝鮮学校に対する助成状況」
    開始      金額           根拠
四日市 1965年    3600円/年        私立学校等教育振興補助金交付要綱
西宮  1966年    16000円/年        学校法人助成条例を準学校法人に準用
伊丹  1975年    2480円/年        私立幼稚園諸経費補助を準用
神戸  1981年   333333円/1校・年     私立学校振興助成要綱を準用

⑧ 県の私立小中学校に対する助成
⑨ 学校教育法64条(準学校法人) 私立学校振興助成法1条 地方自治法232条の2(寄付又は補助)
⑩ 「朝鮮人学校への通学児童、生徒の保護者に対する教育費補助についての考察」 法制課起案
朝鮮学校への行政からの補助について、それに否定的な自治省の行政実例に対して検討を加え、反論している。すなわち「保護者の経済的負担の軽減によって教育の振興、充実を図ろうとするものであって、公益は認められる。」と判断し、加えて「国において、かかる事項(補助の違法性)を指摘するのであれば、在日外国人であっても教育の自由は保障されるべきであって人権性を認めるべきである以上、義務教育諸学校にあたる朝鮮人学校であっても財政的援助がなし得る法改正を検討すべきであることが、逆に指摘できるものである。」と、法(おそらく⑨に上げた諸法令)改正の必要まで指摘している。

 結論的に  朝鮮学校への行政の支援については
① 日本の朝鮮植民地支配とその終了に伴う朝鮮学校への国の政策を巡る厳しい対立・抗争の中で、尼崎市が当時の国の方針に従わないで採った「市立学校分校扱い」という施策。
② 分校としてあった朝鮮学校を朝鮮人の自主運営にゆだねるにあたって、朝鮮学校への経済的支援の可否をめぐる厳しい論争(議会記録から)。その結果としての施設売却、土地貸付などの行政行為。
③ 現在の就学援助金を、国の否定的見解に反して法的合理性を検討した上で発足させた政治的判断。
以上3つの経緯を資料から見てきた。
いずれも、厳しい対立論争の中での政策選択であり、その背景は、まさに「歴史的経緯」と呼ぶにふさわしい重み、厚みを持っていると言えるものであった。 

資料説明
収集した資料を紹介しておきます。ご希望の方は朝鮮学校支援のために役立てていただけることを条件に、写しを提供します。 酒井までお問合せ下さい。

収集にあたっては、尼崎市立歴史博物館地域研究史料室、尼崎市議会図書室、尼崎市公文書公開担当、のご協力をいただきました。

〇「図説尼崎の歴史(下巻)」(P149~)「民主化の後退と社会的亀裂」
市政90周年記念 地域研究史料館編集
〇「尼崎市戦後教育史」(P288~)   「朝鮮人の民族教育と分校問題」
           尼崎市教育委員会
〇「尼崎の戦後史」(P144~)     「朝鮮民族教育の発展」 
     尼崎市長 篠田隆義 発行 師岡祐行執筆
〇「尼崎市議会史」(P620~)     第6節 「分校問題」
〇「尼崎市議会報」(委員会記録)     1965(S40)年11月~1966年5月 (詳細は本文)
〇「尼崎市議会会議録」(本会議議事録)  1966(S41)年3月 (詳細は本文)
             
〇新聞各紙 阪神版 コピー        1965(S40)年12月~1966(S41)年1月
尼崎市立歴史博物館地域研究史料室 提供
 〇「レファレンス事例詳細」 尼崎の朝鮮人学校の歴史 調査依頼への回答
管理番号156 2019年1月11日作成
            尼崎市立歴史博物館地域研究史料室 提供
 〇尼埼市行政資料 (公文書公開による)   (詳細は本文)


これからの調査資料(未入手) 
 〇 「兵庫県教育史」 P827~
 〇 1965(S40)年12/28 文部省通達
 〇 1967年 学校教育法改正案
 〇 1966年 文部広報 文部大臣発言
 〇 西宮、宝塚、伊丹、兵庫県の 朝鮮学校就学補助金関係の行政資料

朝鮮學校補助反対の一般質問あり。傍聴を!2025/09/01

 先の尼崎市議会議員選挙で当選した山根議員が、初の一般質問に立ちます。
 題目は、①朝鮮学校就学補助金の廃止について②兵庫朝鮮学園に対する賃貸料の優遇停止について③外国人生活保護の廃止について・・・だと聞きました。
 尼崎市の在留外国人政策に対する真正面からの切込みのようです。
 私としては「尼崎朝鮮学校をささえる会」のメンバーとしての立場に立つまでもなく、日本でも吹き始めた排外主義の風に危機感を持つ身として無関心ではいられません。
 9月3日(水)午後3時過ぎからの質問時間です。皆さんにも傍聴をお勧めします。傍聴はどなたでもいつでもできます。尼崎市議会までお越しください。

ご案内 懇談会「排外主義に対してどう向き合うか」2025/07/31

ご案内

懇談会「排外主義に対してどう向き合うか」

ゲスト 鳥井一平さん「移住者と連帯する全国ネットワーク」代表
 

最近の選挙で頭をもたげてきた「排外主義」に対して、私たちはどう向き合えばよいのか。
日本にはすでに300万人の外国人が暮らしています。排外主義の台頭にどう向き合えばいいのかちゃんと考えなくてはいけないと思っていた矢先のことです。

鳥井一平(「移住者と連帯する全国ネットワーク」代表)さんに、尼崎に寄っていただけることになりました。
鳥井さんは、技能実習生制度などの下で、ひどい処遇を受けてきた外国人労働者の人権を守って闘い続けてきました。その功績を「奴隷制度と闘う英雄」として表彰されています。

その、鳥井一平さんや、難民問題に取り組んでいる方などを囲んで「排外主義とどう向き合い闘うのか」議論を深めたいと思います。

日時 8月12日(火)18時半から
場所 中央北生涯学習プラザ 学習室3 「阪神合同労組」名でとってあります。

会合は少人数で持ちたいと思います。限定20人とします。酒井、または広畑の携帯(下記)まで申し込んでください。

呼びかけ
酒井  一 (元尼崎市議)   ℡ 090-1903-3171  
広畑 貞昭 (共生と自治代表) ℡ 090-7497-3307

公選法違反?笑わせないでくれ2025/02/05

 昨秋の兵庫県知事選挙以降続いている県議会100条委員会メンバーへの誹謗、中傷攻撃。その後も激しさを増しています。尼崎選出の丸尾県議には「公選法178条に違反した」とのデマ、言いがかりが付けられています。それについて、
 以下、丸尾県議が見解を求めた弁護士の文章を孫引きします。

公職選挙法第178条が禁じる祝賀会やその他の集会とは、あくまでも挨拶を目的とした集会に限定されます。
この点、丸尾氏の集会は、①表題が「選挙報告会」ないし「県政報告会」であり、②行った活動も丸尾氏が取り組んでいる情報公開、人権擁護、地域経済活性化、福祉社会構築といった県政課題の報告が多くを占めると共に、参加者からの質問や意見を聞く時間を十分設けていますので、「挨拶する目的」でなされた当選祝賀会に該当しないことは明白です。

丸尾氏が昨年の県議会議員選挙後に行った4月23日県政(選挙)報告会について、下記の法律に違反するとの指摘があります。
公職選挙法第178条第1項第1号では、挨拶する目的をもって、選挙人に対して個別訪問することや、当選祝賀会やその他の集会を開催することが禁じられています。またこれを受け、同法第245条は「第178条の規定に違反した者は、30万円以下の罰金に処する。」と規定しています。それに該当するのではとの指摘です。
この点、公職選挙法第178条第1項の立法趣旨は、期日後の挨拶行為が事後買収の温床となりやすいという点にあります。
一方、民主主義が機能するためには、有権者の知る権利(憲法第21条1項が保障する表現の自由の一環として保障されています。)が充足されなければなりません。知る権利を実現する観点からは、国会議員・都道府県会議員・市区町村会議員が有権者に対し、国政や地方政治に関する報告を行うことは、むしろ憲法尊重擁護義務(憲法第99条)の一環としての義務にあたります。とりわけ、公職選挙法第178条1項5号の「当選祝賀会その他の集会」を拡張解釈して、「挨拶する目的」を伴わない県政集会まで禁止されるなどと解することは、集会の自由(憲法第21条1項)を保障した日本国憲法の下ではおよそ許されるものではありません。
以上より、公職選挙法第178条が禁じる祝賀会やその他の集会とは、あくまでも挨拶を目的とした集会に限定されます。
この点、丸尾氏の集会は、①表題が「選挙報告会」ないし「県政報告会」であり、②行った活動も丸尾氏が取り組んでいる情報公開、人権擁護、地域経済活性化、福祉社会構築といった県政課題の報告が多くを占めると共に、参加者からの質問や意見を聞く時間を十分設けていますので、「挨拶する目的」でなされた当選祝賀会に該当しないことは明白です。
なお、参考までに、事務所に、当選御礼の張り紙はよく見かけるところですが、公職選挙法第178条第2号に抵触すると考えられることから、丸尾氏は一切そういうことは行っていません。また、この集会において提供された飲食物には、参加者は参加費を払っています。

いなむらさんの兵庫県知事選挙敗北に思う2024/11/23

いなむら県知事選挙の敗北に思う

斎藤前知事が受けていた批判は主に「おねだり」と「パワハラ」そして「権力の乱用」でした。そのうち「おねだり」と「パワハラ」は、もちろんいけないことですが、特に今回のように強力な反論キャンペーンがされる場合、「ほんとのところはどうなの?」状態に持ち込まれやすいのです。
 それに比して、「権力の乱用」は、職員からの「内部告発」に対して、知事の権力を用いて告発者探しをし、資料を押収し、人事処分をしたというものですが、知事本人も、この権力の行使は正当だと言っており、事実関係に争う余地がありません。
 そしてこれは、権力者・政治家としての倫理に反するばかりか明確に「公益通報保護法違反」だったのです。この点について、県議会の百条委員会においては、ほぼ「法違反」との認識が固まりつつありました。
しかし、県議会は百条委員会の明確な判定を待つことなく、追及半ばで、知事不信任決議に踏み切りました。

1 今回の知事選の本質的な争点は、この「違法状態」を許すのかどうかにあったのです。

権力者を規制する法律に対する違法行為を「正当だ」と言っている人を再び知事にしてよいのか?それを争点とするべきだったと私は考えます。
そのためには百条委員会で「違法」を公式に認定するべきでした。それを待たずに、不信任決議から知事選挙へと走ったことによって、今回の選挙は、民主主義の根本を争う性格を薄めてしまいました。
本質的争点を掲げないことによって、いなむら候補は「挑戦者」であることが難しくなってしまいました。この本質的争点以外に県政の政策的にはこれという争点は設定できませんでした。最初の確認団体チラシには「3期12年の尼崎市政における実績」(立派な実績で、まっとうに考えれば県政を担当するにふさわしい資質の証明なのですが)しか書けませんでした。これが逆手に取られ「改革派」VS「実績=守旧派」の構図に利用されます。

2 相手方はそこを突いてきました。

「おねだり」や「パワハラ」について、一つには「程度問題」という印象を与え、その上に「反省」をアピールすることで、二つ目には県議会や県庁、いなむら陣営を「既得権益集団」とし、斉藤前知事をそれに対する「改革派」、という図式を作り上げることで、「かわいそうな斎藤VSそれをいじめる県議会、マスコミ」、そして「孤独な改革派VS既得権の守旧派」の対立を描き出したのです。一人で駅立ちすることから始めた斎藤前知事の選挙運動はその図式にピタリとはまりました。

3 次に起きたことは、

立花に代表される勢力の「斎藤応援のための立候補」などの「援軍」の登場です。この勢力のやったことは、立候補者の選挙法上の権利の想定外の悪用、ネット上での徹底したプロパガンダと、街頭への動員、そしてその相乗作用、そして後半ではプロパガンダによる徹底的な個人攻撃でした。
 これらのプロパガンダに、ネットでしか情報を得ようとしない若い世代が引き込まれました。彼らが強く抱いている時代、社会の閉塞感が、これらのアピールに共鳴したようです。
 50代を境に若い世代ほど斎藤支持の率が高い、という結果に、若い世代に広がっている社会への反発、憎悪を見て取るべきだと思います。
 加えて、そのプロパガンダの言辞の暴力性と街頭でのむき出しの暴力(反対者に対する妨害排除の説得などなしにいきなり「殺したろか」から始まる恫喝)が見ている人に恐怖心を与えたことも見逃してはいけません。尼崎でも、ポスターの顔の口のところにタバコの火を押し付けるなどの嫌がらせもありました。
私の周りでも、本来いなむら支持であったろう女性の中に「怖い、かかわりたくない」という声が広がりました。
 
4 プロパガンダについて。

「ネット」に負けた。という声が回りにあがっています。私は、そうではなく、「ネット」という手段に負けたのではなく、悪質な「プロバガンダ」に負けたのだと考えます。
 プロパガンダの手法の一つに「チェリーピッキング」と言われる手法があります。「多くの事例、証拠の中から自分の主張に有利な証拠だけを選んで示し、それと矛盾する証拠や事例を挙げずに自分の主張をする」行為です。このような手法は歴史上もナチスに限らず左翼勢力によって、たびたび用いられてきたもので目新しくはありません。それがネットという新しい媒体で使われたのです。
この手法にとどまらず、呆れるようなデマも含めて、刺激的なキャッチフレーズ、映像、短い文章、で構成された「いなむら攻撃」が、
選挙中盤以降、ネット上にあふれかえりました。
 いなむら選対は、これに有効に反撃できませんでした。
 全くのウソもありました。これには適切な事実を挙げるなどの反論が可能です。発信の量の問題に期することができます。
 事実の一面を挙げて、真実とは異なる全体像を印象付けるという悪質なプロパガンダの手法にはなかなか対抗がむつかしいのです。
〇 感情に訴える形で、映像の効果を最大限り利用。
〇 短い文で(Xは150字制限がある)。
〇 大量に繰り返す。
 追加でいうと、この「大量に」には費用がかかりません。逆にセンセーショナルにあおって閲覧が増えるとその分お金がもらえるのだそうです。
首長の経験がある候補者の場合、首長時代の政策に全く欠点や否定的側面がないという事はありえません。そこをついて一面的、部分的なデータや結果を挙げて非難する言説に対して対抗する事は、長い文章や正確なデータの提示を必要とするのでなかなか困難です。
 知る限りで例示します。いなむら尼崎市政の政治について、
〇「公立幼稚園を減らした」 
しかし、幼稚園児が減ったという事実は挙げられません。
〇「高校生への支援を減らした」として、市の「高等学校費」という費目の推移のグラフを示す。突出した年があり、そのあと低い年が続いています。
  しかし、市の「高等学校費」は市立高校の費用です。高校の多くは県立と私立で、その費用は出てきません。突出したのは新校舎の建設費でした。そのほかの年は経常の費用ですね。
 等々。これらはどれも「事実」です。このように、都合の良い事実だけを挙げて、その背景や理由を示さないのがチェリーピッキングなどの悪質な「プロパガンダ」なのです。
 
5 反省すべき点はどこにあるのでしょうか。
ネットの有効性の認識が弱かった。ネットへの力の入れ方が足りなかったのでしょうか。相手を批判するのではない「正々堂々」の選挙戦にこだわりがあったのでしょうか。当初想定していた政治勢力の支持基盤のひろがりについてほぼ達成したことによる「油断」はなかったでしょうか?
私には選対の意思決定についての確かな情報はありませんので、今のところこのような疑問形でしか反省点は書けません。

彼ら―斎藤の逆転を演出した「立花某」などに象徴される勢力はこの成功に味をしめて特に自治体選挙での勢力、影響力の伸長をはかってくるでしょう。それを許すわけにはいきません。
何が必要かについてこれから議論を必要です。皆さんのお知恵も貸してください。

 2024年11月21日     
 前尼崎市議   酒井 一

「プロパガンダ」との闘い2024/11/16

兵庫県知事選挙戦の幕が下りた時点でこれを書いています。結果はわかりません。
どのような結果になろうが、この選挙が、このようなえげつない選挙戦になった事自体が、民主主義の危機を示しているという事に変わりはありません。
昨日、斎藤、立花の応援者と目されるSNS上の投稿を指して「プロパガンダ」だ、と書きました。
このような言論と宣伝が政治の世界にはびこり、大きな力を発揮することへの危機感から、もう少し詳しく触れてみます。
ウィキペディアで調べてみました。(ネット批判をするのにネットかい!と突っ込まれそうですが・・)
すると、「プロパガンダ」の様々な種類や効果が詳しく書かれています。
まず、日本語訳です:宣伝戦、政治宣伝。
ちなみに、岩波の国語時時点では「宣伝」としかありません。英和辞典では「宣伝」に加えて「布教」(カトリック)とあります。
語源はラテン語のpropagaere(繁殖させる、種をまく)だそうです。

その多くの手法の中に「チェリーピッキング」という手法が示されていました。
「数多くの事例の中から自らの論証に有利な証拠のみを選び、それと矛盾する証拠を隠したり無視する行為」と説明されています。
昨日触れた「いなむら市政は公立幼稚園を減らした」という言説は、まさにこれに当てはまりますね。「公立保育園の減少」という事実のみを挙げて稲村市政が子育て支援に背を向けたという印象を与え、その印象を否定し得る「園児の減少」という事実は挙げないというやり方です。
この手法は、
「多くは意図的に行われるが、「確証バイアス」(自分の考えを支持する証拠だけに注目し反証を無視する傾向)」による意図せぬものもある。とありました。
わざわざ投稿するのだから意図的に違いありませんが、だとすれば悪質です。

歴史上は、このような「悪質な」プロパガンダがたびたび用いられました。
中でもナチス党のヒトラー、そして宣伝相ゲッペルスによるそれは、その劇的な効果とともに有名です。
彼らの曰く
「宣伝は知性より感情に訴えろ」
「要点を絞り(短い言葉で)、最後の一人が理解できるまで繰り返せ」
「小さな嘘より大きな嘘を何度も繰り返せ(=嘘も100回繰り返せば真実となる)」
これらは、すばらしいほど、悪質なプロバガンダの本質を言い当てています。

 私たちは、このような手法が絶大な効果を発揮することを、東京都知事選、アメリカ大統領選に続いて今度の兵庫県知事選で、目の当たりにしました。
「改革派の斎藤前知事が兵庫県の既存の支配勢力に挑戦していじめられている」「改革派対守旧派」という図式を描いたことが、彼らのプロパガンダの当初の成功でした。それに、いなむら市政への「チェリーピッキング」手法を用いた「こき下ろし」が続きます。
それに加えて、現実の選挙戦の場面では、現場での偶発的なもめごとにとどまらない、むき出しの暴力が登場しました。ヤジや批判をする者への制止や抗議ではなく、いきなり「殺したろか」「死ね」と言って胸倉をとるむき出しの暴力。これもナチス時代の「突撃隊」「親衛隊」を思わせます。街頭でのこのようなむき出しの暴力は、平穏な市民の多くに政治に関与することへの恐怖心を植え付ける効果があります。そうやって市民的良識を遠ざけておいて、政権を握りに行く。―まさにナチスがやったことです。

この手法の成功が無視できぬほどの普遍性を持ち始めていることが、民主主義の危機なのです。
それに対抗できるだけの、手段にとどまらず、政治思想を見出さなければなりません。
 その作業にあたっては、他方でこの「プロパガンダ」という手法が、「権力」や「資金」、伝統的支配力を持たない反対派勢力にとって、有力な政治的手段であったし、今もそうだという事に着目しなければなりません。
反体制勢力であった者も、このような手法を使っていたし、今もともすれば使っている、という事を見逃してもいけないと思います。
ロシア革命を描いた「戦艦ポチョムキン」という映画で、弾圧を受けた民衆が階段から将棋倒しに落ちるシーンが描かれています。しかし、そのような事実があったという証拠はないそうです。
 誰であれ、胸に手を当ててよく自らの発言や行動を振り返り、考えてから反撃に着手しましょう。

昨日の文の訂正2024/11/16

「その心情にしたって」は
「その信条に従って」の間違いです。訂正します。

兵庫県知事選 自治体選挙の歴史を変えるかも2024/11/15

 兵庫県知事選挙がすごいことになってきました。県下22市の市長が、県知事選挙におけるひどい誹謗中傷への批判を表明するとともに、いなむら候補への支持を表明したのです。
 稲村氏の支持を表明した首長の市名は、姫路市、尼崎市、西宮市、洲本市、伊丹市、相生市、加古川市、たつの市、赤穂市、宝塚市、三木市、高砂市、川西市、小野市、加西市、丹波篠山市、丹波市、南あわじ市、朝来市、淡路市、宍粟市、加東市、です。
 
確かに、今回の県知事選挙では、一部の集団による、選挙の根本的意義を踏みにじったふるまい、誰とも知れぬ人による、SNS上での候補者への誹謗中傷、など民主主義にとって憂うべき所業が蔓延しています。
 しかし、それを非難することと、特定の候補者を応援するという事の間には明確な一線があります。今回の22市長の声明はその一線を越えています。マスコミも「異例」と評価しています。今回の知事選はよほどのことなのでしょう。
 
 私も「よほどのこと」だと思います。
 今回の兵庫県政の混乱は、民主主義についての様々な危機を孕んでいます。
 一つ、前県知事が、自分の政治姿勢に異を唱え(内部告発し)た職員に対して、その当否を第三者に判断してもらうことなく、知事の権限をもって告発者探しと人事処分をしたこと。これは「公益通報保護法」を待つまでもなく、権力の座にあるものとしては、決してやってはいけないことです。権力の私的乱用です。批判に耳を傾けないどころか批判者を権力で弾圧することは民主主義の根幹の破壊です。これが前知事の最大の過ちなのです。そして彼はそのことについては謝るどころか正しかったと言っているのですから、彼が再選されたら、兵庫県はこのような違法状態を是とする自治体になってしまいます。
 二つ目には、前知事が県議会の不信任決議によって失職して行われた県知事選挙で、今回の22市長の声明に言う「誹謗中傷」や暴力的言辞が蔓延し、民主主義選挙の基礎を覆す行為がはびこっていることです。
 それは、ただの選挙妨害や、行き過ぎの域を超えて、「政策を言論で争って有権者の判断を受ける。」という公職選挙のルールの基礎を破壊しています。
 一つは、某候補の「自分の当選ではなく斎藤候補の応援をするために立候補した」との言明です。選挙法では特定の候補者の応援はその候補者に許された宣伝手段でしかできません。ところが、この方法を使えば応援を受けた候補は選挙法で許された二倍の宣伝力を持つことになります。これは、法が想定していない卑怯な抜け道です。
 そして二つ目は、主にSNS上で行われる誹謗中傷です。
 例えば、「いなむら候補は、尼崎市長時代,公立幼稚園をつぶした(子育て支援に背を向けた)」という言説を、それを表す数字を付けてネット上に流す、という行為です。確かに稲村市政において公立幼稚園は減らされました。挙げられた数字も嘘ではありません。しかしその第一の原因は幼稚園児の減少にあります。にもかかわらず、その数字は示されないのです。その減少分を吸収するのに民間ではなく公立の幼稚園を減らしたのです。どちらにするか、つまり園児の減少に起因する幼稚園定員の削減を公立で受けるか民間で受けるかについては当時も論争がありました。しかし、これは方法の選択の問題であって、どちらの立場の人も子育て支援に背を向けていたわけではありません。なのに「いなむら候補は子育て支援に背を向けている」という印象を読んだ人に与えるのです。
 これは、典型的な「プロパガンダ」の手法です。一面的な「事実」を挙げて、全体としての政策や、特定の集団などを批判する。歴史上ではナチスが用いたことで有名な手法です。ゲッペルスは「嘘も百回言えば大衆は信じる」とうそぶきましたが、まさにその手法です。

 事はこうまとめられます。まず民主主義の基礎に触れる違反行為を確信犯としてやってのけた知事がいて、その知事が民主的手続きによって「罷免」されました。
 その前知事は続く選挙に再度立候補しました。その選挙では全リーダーを支援するために民主主義的ルールを踏みにじった「手法の暴力」、「言論の暴力」、そして「実際の暴力」が所嫌わず振るわれています。
 
 今回の22市長の声明は、その危機感にもとづくものであると思います。
 「これは、公職選挙法違反だ」とのたもうた弁護士がいるようですが、法律を知らない弁護士というのは恐ろしいものですね。自治体の首長は政治家ですので、それぞれにその心情にしたって特定の候補者を応援することに何の制限もありません。それが共同の行為であっても同じです。
 このような県政の危機、民主主義の危機に際して、住民に最も身近な自治体をあずかる首長として、民主主義の破壊を公言する人を阻止する手段はそれに反対する最有力候補を応援するしかないと考えることに不自然な点はありません。
 それにしても、22もの首長の連名による特定の県知事選候補への応援の共同声明は自治体史上おそらく初めてでしょう。兵庫県が遭遇している県政民主主義の危機の深さに思いが至ります。他方で、おそらく政治的立場は違うであろう首長の皆さんの、共同声明に至る、自治と民主主義に対する姿勢の健全さ、健気さに感動しています。市民、県民として全力で応援したいと思います。

兵庫県知事選挙 雑感2024/11/13

 今日初めて「X」(旧ツィッター)を見たのですが、すごいことになっています。現時点ではいなむら候補に対する非難に満ち満ちているのですが、その内容が、12年間の稲村尼崎市政のマイナス面を誇張してあげつらうもので、数字や資料を挙げたもっともらしい提示の仕方で、呆れたり感心したりでした。
 あのね、欠点や足りない面のない自治体政治があればお目にかかりたいものです。ある首長の自治体政治の評価は、その自治体がおかれた条件の下でプラスもマイナスを含めて、どれだけ可能で最適の方策をとったかによるのですよ。施政の欠点を挙げることは簡単です。欠点のない施政は存在しないのですから。それだけで政治を評価していては何も生みだしません。これを「言葉、評価の暴力」と私は言いたい。
阪神の桐敷は3勝しかしていないからだめな投手なのですか。防御率1点台の投手も何度か撃ち込まれた事があればだめ投手なのでしょうか?
 事実の一面だけを取り上げて全体の評価とする。このような手法はデマゴーグがもっとも得意とするところです。
 「それは事実であっても真実ではない」と有名なジャーナリストが言ったたことがあるそうですが、まさにそれです。
 他方で、街頭宣伝の場ではむき出しの暴力が出現しました。街頭宣伝の場で、批判のヤジどころではなく「死ね。」「殺したろか。」などの無内容だが恐怖をあおる言辞が飛ぶようになったのです。
 ナチの手法を読んできた私には「あれと同じだ」という恐怖心が生まれました。ナチス突撃隊の街頭での暴力と、ゲッペルスによるデマ宣伝(嘘も百回言えば大衆は信じる)。これがナチスの宣伝力の両輪であったと思っています。当時のドイツでは政党はそれぞれ暴力装置をもっていました。街頭でそれらが衝突する姿を見て、ドイツの大衆は政治に背を向けなかったでしょうか。それが一番恐ろしいことです。
 いなむら選挙はその世界にはまり込むことなく、民主主義の正道を歩み続けましょう。
 今回の知事選では、前知事による「権力の私的乱用」を許すか許さないかが県民に問われているのです。言論、実際の暴力か、論争、対話の民主主義かが問われているのです。
 選べばその責任は私たちにあります。もう「だまされた」は通用しません。