震災がれき問題と競馬ナイター問題。とうとう12月議会で質問しました。 ― 2011/12/15
2011年12月議会 一般質問
12月6日 最終稿
緑のかけはし 酒井 一
Ⅰ 放射性廃棄物の汚染の恐れのあるがれき広域処理について
1 東日本大震災で被災地に発生したがれきは2400万トンに及ぶそうです。この瓦礫の処理は復興に向けた必須の急務です。地元の処理能力ではとても追いつかないので全国の自治体の協力で広域処理することが望まれます。
2 この広域処理は、単なる処理の実務上の必要の問題にとどまらず、困ったときの助け合いであり、社会的連帯の問題であります。私たち阪神大震災の被災地の者にとっては一層心に響く問題です。阪神大震災の後、各地の自治体からパッカー車がやってきてがれきを収集して持って帰って処分してくれたことを思いだします。当時は、がれきの中のアスベストが問題になっていたこともあわせて思い出します。煙だけでない迷惑もかけたことでしょう
私たちの町にとって今回のがれき処理は「恩返し」でもあるのです。
3 一般廃棄物の処理は市町村の責務です。「廃棄物の処理と清掃に関する法律」(廃掃法)にそう規定されています。だから公共の所有する廃棄物処理施設、焼却炉の大半は基礎自治体にあります。したがってこの廃棄物の広域処理は一義的には市町村の問題です。広域処理も市町村どうしが協定を結んで行われます。国や県は支援、条件整備をする立場です。
市長村の自主的な取り組みが求められるのです。
4 尼崎市も当然にこの広域処理に協力すべく、4月の環境省からの問い合わせに対し、受け入れ可能量11400トンを回答しました。
5 ところがそのあと、東京電力福島原子力発電所の事故による放射能汚染の広がりが深刻になり、受け入れるべき震災がれきの放射能汚染が問題になりました。
アエラに書かれたこと。「汚染瓦礫が拡散する」
ジャーナリズムのセンセーショナルな扱いはともかくとしても、市民の間には当然の不安が広がります。
「がれきが放射能に汚染されているのなら、尼崎に持ってきて焼いたら放射能が広がるのではないか?」
6 このようなジレンマの中で、国、環境省は何をしたでしょうか。
○まず廃棄物の定義を変更しました。
廃掃法では放射性物質に汚染された廃棄物は廃棄物として扱わないことになっています。 そのままでは放射能汚染廃棄物は自治体が処理できない。そこで、特措法(放射性物質汚染対策特別措置法)を作りました。
その内容は、まず廃棄物を高濃度汚染されたものと、それ以下のものに分けて、高濃度汚染されたものは国が処理することにして、それ以下の汚染レベルのものを廃掃法の廃棄物に入れる、というものです。こうして自治体が放射能汚染廃棄物を扱うことが法律上可能になりました。
○そして最終処分の基準を定めました。
対策なしに最終処分をしてもよい放射能基準を8000 Bq/kgと定めたのです。焼却炉での放射能濃縮率がストーカ炉では33倍とされているので、最終処分する焼却灰の放射能が8000 Bq/kgまでならよいのなら、焼却前の廃棄物の放射能限度は33分の1、約240 Bq/kgということになります。汚染の少ない他の廃棄物と混ぜて焼くのならもっと濃度の高い廃棄物でも持ちこめることになります。例えば同量の汚染のない廃棄物と混ぜるのなら480 Bq/kgまで許容することになります。受け入れる際の放射能基準はとても曖昧なのです。
7 ちなみに従来、原子力関係施設で放射性廃棄物として扱わなくていい放射能レベルは100 Bq/kgでした。この基準でさえ高すぎる(緩すぎる)との批判がありましたが。それ以上のものは放射性廃棄物としてドラム缶に詰めて原子力施設内に保管されるのです。
それ以上の濃度のものが管理なく出回ることはそれこそ「想定外」であったわけです。
環境省は、福島事故で放出された放射能の実態に合わせて、泥縄式にこれらの基準を作ったとしか考えられません。
今回の特措法によって、それを数倍する放射能を帯びたがれきが一般廃棄物と同様に運び込まれることが法的に可能になったわけですが、廃掃法に関するこのような根本的な変更について廃棄物処理行政の当事者である自治体に相談はありましたか?
Ⅱ 食品安全について
1 福島事故後食品の放射能汚染についての暫定規制値が示されました。暫定規制値とは何か チェルノブイリ時の規制値より緩いとは・・・
わが国には食品の放射能汚染についての規制値はありませんでした。今回のように広範囲に放射能汚染が広がるような原発事故はないことになっていたからです。
チェルノブイリ事故の後、政府が輸入食品の規制値とした値は確か370 Bq/kgでした。
そして今回、福島の事故の後政府が定めた規制値はセシウムレベルで食品500Bq/kgというものでした。なぜ輸入食品より多く国民が食べるであろう国産食品の規制値が輸入食品より緩いのか。
厚労省の若手官僚はこの質問に「緊急事態の暫定規制値です」と答えました。がれき処理の時と同様に、事故による放射能の拡散の程度、現実に合わせて(屈服して)、これも泥縄で規制値を決めたとしか考えられません。
2 食品の放射能規制は内部被ばくの問題です。食品から摂取した放射能は低線量でも、長期、近距離の被ばくになるので、外部被ばくとは全く違う基準で規制しなければなりません。特に放射線感受性の高い子どもたちと女性を内部被ばくから守らねばなりません。
市ができることとして、せめて学校と保育所の給食材料の自主検査を急ぐべきだと思うがいかがですか?
3 食品放射能測定機の運用はどうか?
消費者庁の補助で測定器を購入するとのこと。食品の放射能測定については、チェルノブイリ後の小金井市と今回の事故後のいわき市で、民間が担い手となった二つの事例を知っているが、さまざまなクリアすべき問題がある。
○ 経済的には何と言っても人員問題です。直接の職員配置ができるのか。
○ もう一つは出た検査結果の取り扱いです。公表するのかどうか。規制値との関係で公表の取り扱いを変えるのか
これらの問題についてどう考えるのか?
4 放射能問題に関する市からの発信について
自治体も食品の放射能汚染問題で市民にメッセージを出さねばならない場面があります。特に低線量被ばくと、食品の放射能汚染や内部被ばくについては、冷静で科学的な情報発信が必要です。徒らに不安をあおることも、安心を触れまわることも注意深く避けねばなりません。
すでに消費生活センターが「100mSV/年までは害はない」と主張して、とかくの評判のある学者を講師に招いて物議をかもしています。低レベル放射線被曝と健康の関係については学説が確定していないというのが現実であり、片方の意見の学者を呼ぶのなら、他方の主張も市民に紹介すべきでしょう。
同じ消費者行政の分野ではなくとも、市全体の取組み発信の中で様々な知見を紹介する事が出来るはずです。これは意見として申し述べて注意を促しておきます。
Ⅲ 園田競馬場のナイター開催計画について
1 周辺住民の理解 同意
周辺住民の理解 同意が前提、ということが競馬組合、市、市議会の共通認識でした。
周辺改善委員会の構成12町会のうち9町会が容認、賛成。3町会が反対という現状で同意と言えない。これも共通認識であったはずです。しかしその共通認識が崩れた場面がありました。
11月22日の競馬組合議会では「なお一層の努力をします」「見切り発車はしません」と述べていた組合執行部がわずか3日後の25日に、尼崎選出の競馬組合議員を訪ねて「ナイター設備の設計にかかりたい」と言ってきたのです。尼崎側2議員は激怒、席をけってその場を去りました。
後日、管理者がみえて、謝罪の上先の言明を撤回されて事は収まりました。「22日の了解まで巻き戻す」ということで設計への着手も断りなしにはしないことにはなりましたが、来年度からナイターを開始しようとすれば設備工事などのタイムリミットが迫っています。
県知事が記者会見で「競馬事業には関係者も多い。はいやめました、で済む問題ではない」とおっしゃり、賛意を示した町会の会長からは「何故すぐに実施を決めないのか」と迫られている中での、このふるまいですから、競馬組合執行部の焦りが感じとれます。
もう一度確認の必要があると思います。ナイター計画と周辺住民の理解の関係について、現在の時点でも本会議、委員会での陳情審査での市当局の答弁から変化はないと理解してよろしいか?
第2回登壇
Ⅰ がれき処理
1 相談もないままにがれきの受け入れについての放射能基準を設定し、いきなり10月になって「お前のところは準備しているか」と尋ねてくる国、環境省の姿勢には怒りを通り越してあきれるしかありません。
2 自治体は、住民の健康に責任を負います。安心にも責任を負います。処理に従事する労働者に対しても同様です。放射能を帯びているかもしれないがれきの処理にあたってもこの責任はまぬかれません。受け入れるにしても厳重な基準と安全対策が必要です。
他方、東北のがれきの処理もが「お断りして済む」問題ではないことはも言うまでもありません。いつまでも置いておける問題でもありません。現地では積み上げられたがれきが復興の大きな妨げになっているのです。自然発火や衛生面での問題なども発生していると聞きます。
何度も言いますが、まさに「お互い様」の問題なのです。
3 ところが、国、環境省の作った特措法と基準では、市民の健康と安心を確保できそうもありません。少なくとも大きな不安がのこります。いまだに得心の行く解決が示されない課題も多くあります。
○ 受け入れがれきの放射能限度。
先に述べたように、8000 Bq/kgと言う出口の基準があるだけで、がれきの混ぜ方でどうにでも決められる状態です。これはこれまでのクリアランスレベル100 Bq/kgからするとしてもとてつもない大きな数値ですが、示されている数値はこれだけで、受け入れがれきについては明確な基準数値が示されていません。これでは市民の安心のための議論をしようにもよりどころがありません。
○ 焼却灰の最終処分
最終処分にしても「8000 Bq/kgまでは普通に埋めてもよい」という基準で本当に良いのでしょうか。海洋埋め立てでは海水への溶出問題はどうするのでしょうか。放射性廃棄物として管理する必要があるのではないでしょうか。
○ 焼却中の廃ガス中の放射能の監視はどうするのか。許容基準は。
○ 作業に従事する労働者の安全はどう確保するのか。放射線作業従事者として扱うことには様々な問題がある。
4 など、私が考えるだけでも数多くのクリアすべきハードルがあります。
そして何よりも大きな課題は、放射能を扱う関する限り絶対安全はあり得ない、絶対安心もあり得ないのですから、どこまでのリスクを許容するのか、許容範囲に抑えるために何をするのかについて市民合意を打ち立てることです。
5 これらの仕事は自治体の仕事だと私は考えます。国、環境省の今のような体たらくではいつまで待ってもこれらの課題は解決せず、最後は住民の信頼もないままに、許容限度内の安全、安心も打ち立てられないままに、来年からの特別措置法の発効で、なし崩しに処分が始まるということになりかねません。
6 市長が「東北の被災地のがれき処理に背を向けるわけにはいきません。リスクは自治体の責任でここまでに抑えます。分かち合いましょう。」と呼びかけるべき時期だと考えます。
7 現実的な数値の話を一つします。従来の放射性廃棄物の基準は100 Bq/kgでした。
日本弁護士連合会は、「この値を受け入れ基準にせよ」と提言しています。この基準数値は参考になると思います。福島県のがれきは国の手で県内で処理されるようですから、私たちが受け入れを考える岩手、宮城の被災地に、今積み上げられているがれきの大半はその基準以下であろうと思われます。現実的な数値でもあります。
8 伺います。
災害廃棄物の広域処理の受け入れについて、市民の健康と安心の立場から放射能汚染に対する独自の基準と管理方法を定め、そのために必要な支援を国に求め、市民の理解を得て実施に向かうことについて市長のお考えはどうでしょうか?
Ⅲ ナイター開催について
(意見) 同意はどう判定するか 組合の努力 より広く深い納得(住民)
ナイター開催について更に質問を続けます。
2 考えるべきもう一つの事柄 ナイター実施による経営改善の見通しです。
ナイター開催は競馬事業の収支を存続に必要なまでに改善できるか?
まず、ナイターを実施して経営改善の見通しが立つのかが問題になる。
これに関しては、管理者自ら「ナイターをやっても経営が劇的に上向くことは考えられず、延命程度にしかならない」「売上比例の上納金制度の廃止に期待する」と先の組合議会で述べています。
お寒い話で、こんな見通しで周辺住民に「不安や迷惑をしのんでくれ」と言えるのか心配です。結局経営が改善できず、より一層傷が深まってしまうことにならないかどうか十分な見極めが必要なのですが、ここでも競馬組合の執行部側には焦りが見られます。
3 存廃の議論が並行してなされなければならない。
井戸県知事は「ナイター開催を断念すれば競馬事業そのものの存廃にかかわる」と発言した。私も同じ見解です。もともと平成22年度の赤字決算によって、競馬事業存廃の「見極め期間に入っているのです。ナイター実施の是非を論じることは存廃の是非を論じることと表裏一体なのです。
ところが、廃止についての検討は誰もしようとしない。競馬組合執行部は「我々は競馬事業を経営する立場であり、存廃を議論する立場ではない」と言う。「存廃は主催者が考えることだ」というわけです。もっともなことですが、ならば主催者たる兵庫県と尼崎市、姫路市が存廃について考え、協議する意思を持っているかと言うと、それは全く見当たりません。検討材料をそろえるくらいのことはしないといけないと思うのですけれど。
廃止についての議論に際して必要なことの一つに競馬組合の資産と債務の比較データがあります。企業だと貸借対照表ですね。事業をいま止めるとして資産と負債がどういうバランスになっているかを表わすものです。競馬組合に貸借対照表の考えはないが、似たようなことは必要になります。組合執行部は「そのようなことは考えていません」と、とりつく島もありません。
そこで、私の素人考えです。
現在の競馬組合に直接の累積赤字や借金はない。廃止に要する費用負担は従業員の退職に要する費用(退職金など含む)などの法的義務のあるものと、馬主、調教師、騎手などとの間で生じる可能性のある廃業補償の支払いなどが考えられます。後者については調べてもよくわからないのですが、競輪の経験から考えて直ちに支払い義務が生じる訳ではなく、交渉か裁判を通じて決まるのでしょう。
競馬事業を廃止する場合、必要になるであろうこれらの費用はどこから出るのか。これが悩ましいのです。平成3年当時に123億円あった基金などの内部留保は平成17年には1億円と底をついてしまいました。平成22年度末も実質1億円しかありません。この基金は、短期的な収支変動に対処するという目的の他に、競馬事業のための投資や終結に際しての賠償等の経費に充てるべく一定額は留保されていなければならないものです。
何故なくなったのか。
競馬組合は平成4年以降、収支黒字を上回る配分金を支出してきました。あまつさえ平成11年以降は赤字にもかかわらず配分金を出し続けた。配分金は儲けの分配です。赤字の年に出せるものではないはずです。しかし何年も出し続けた。そしてすってんてんになったというわけです。
廃止に要する費用の財源がない。主催三自治体が税金から負担するしかない。これが、誰も廃止について議論できない、したがらない理由だとすれば由々しきことです。ブレーキを踏めずに進む先が崖ではないという保証はないのですから。
自治体の収入側からすると競馬事業が赤字でも、基金を取り崩してでも配分金は欲しかったでしょう。しかし競馬組合の経営からすると基金の取り崩しには限度があるはずです。その競馬組合の経営の立場を主張する役目はだれも果たさなかったのではないでしょうか。
その間、園田競馬場にはこれという設備投資もされず、資金を使っての集客戦略も展開されなかった。そして今、自己資金ではなく県からの支援金で泥縄式にナイター開催をしようとしている。新しい経営戦略展開は体力のあるときに行うべきことでした。
そして存廃の検討も同じく、廃止に伴う負担に耐える体力があるうちにしなければなりません。
ナイター事業の先駆けとして例に挙げられる大井競馬は、園田と同じく赤字で配分金も基本的に出していないが、園田とは比べ物にならない立派な設備投資をして、なお150億円の基金を保持している。こうでなくてはいけません。
尼崎市の競艇事業でも過去、借金が残っているのに払わずにおいて市財政への繰り出しを続けていた。しかし後にこれを反省し、経営改善計画のもと市の財政への繰り出しを抑えて積み立てに回し、今年度末で借金は完済、離職慰労金も清算を終えて身軽になる。こうでなくてはいけません。
おたずねします。
競馬事業の過去はこのようなことであった。配分金を受け取りたい主催者自治体に対して、競馬事業の経営の観点から、必要な内部留保や資金投入を主張するような機能、役割が競馬組合には欠けていました。主催者たる尼崎市にそのことの反省はありますか?
そして今はどうですか?このような機能は今も存在しないと考えますが、どうですか?
第3回登壇
(意見)
執行体制の中にこの機能が存在しないなら、競馬組合議会が及ばずながらその役目を果たすしかない。
ナイター開催が競馬事業の今後の経営に与える効果についてようやく組合執行部から見通しが示された。これからそれについてジックリ点検しなければならない。
12月6日 最終稿
緑のかけはし 酒井 一
Ⅰ 放射性廃棄物の汚染の恐れのあるがれき広域処理について
1 東日本大震災で被災地に発生したがれきは2400万トンに及ぶそうです。この瓦礫の処理は復興に向けた必須の急務です。地元の処理能力ではとても追いつかないので全国の自治体の協力で広域処理することが望まれます。
2 この広域処理は、単なる処理の実務上の必要の問題にとどまらず、困ったときの助け合いであり、社会的連帯の問題であります。私たち阪神大震災の被災地の者にとっては一層心に響く問題です。阪神大震災の後、各地の自治体からパッカー車がやってきてがれきを収集して持って帰って処分してくれたことを思いだします。当時は、がれきの中のアスベストが問題になっていたこともあわせて思い出します。煙だけでない迷惑もかけたことでしょう
私たちの町にとって今回のがれき処理は「恩返し」でもあるのです。
3 一般廃棄物の処理は市町村の責務です。「廃棄物の処理と清掃に関する法律」(廃掃法)にそう規定されています。だから公共の所有する廃棄物処理施設、焼却炉の大半は基礎自治体にあります。したがってこの廃棄物の広域処理は一義的には市町村の問題です。広域処理も市町村どうしが協定を結んで行われます。国や県は支援、条件整備をする立場です。
市長村の自主的な取り組みが求められるのです。
4 尼崎市も当然にこの広域処理に協力すべく、4月の環境省からの問い合わせに対し、受け入れ可能量11400トンを回答しました。
5 ところがそのあと、東京電力福島原子力発電所の事故による放射能汚染の広がりが深刻になり、受け入れるべき震災がれきの放射能汚染が問題になりました。
アエラに書かれたこと。「汚染瓦礫が拡散する」
ジャーナリズムのセンセーショナルな扱いはともかくとしても、市民の間には当然の不安が広がります。
「がれきが放射能に汚染されているのなら、尼崎に持ってきて焼いたら放射能が広がるのではないか?」
6 このようなジレンマの中で、国、環境省は何をしたでしょうか。
○まず廃棄物の定義を変更しました。
廃掃法では放射性物質に汚染された廃棄物は廃棄物として扱わないことになっています。 そのままでは放射能汚染廃棄物は自治体が処理できない。そこで、特措法(放射性物質汚染対策特別措置法)を作りました。
その内容は、まず廃棄物を高濃度汚染されたものと、それ以下のものに分けて、高濃度汚染されたものは国が処理することにして、それ以下の汚染レベルのものを廃掃法の廃棄物に入れる、というものです。こうして自治体が放射能汚染廃棄物を扱うことが法律上可能になりました。
○そして最終処分の基準を定めました。
対策なしに最終処分をしてもよい放射能基準を8000 Bq/kgと定めたのです。焼却炉での放射能濃縮率がストーカ炉では33倍とされているので、最終処分する焼却灰の放射能が8000 Bq/kgまでならよいのなら、焼却前の廃棄物の放射能限度は33分の1、約240 Bq/kgということになります。汚染の少ない他の廃棄物と混ぜて焼くのならもっと濃度の高い廃棄物でも持ちこめることになります。例えば同量の汚染のない廃棄物と混ぜるのなら480 Bq/kgまで許容することになります。受け入れる際の放射能基準はとても曖昧なのです。
7 ちなみに従来、原子力関係施設で放射性廃棄物として扱わなくていい放射能レベルは100 Bq/kgでした。この基準でさえ高すぎる(緩すぎる)との批判がありましたが。それ以上のものは放射性廃棄物としてドラム缶に詰めて原子力施設内に保管されるのです。
それ以上の濃度のものが管理なく出回ることはそれこそ「想定外」であったわけです。
環境省は、福島事故で放出された放射能の実態に合わせて、泥縄式にこれらの基準を作ったとしか考えられません。
今回の特措法によって、それを数倍する放射能を帯びたがれきが一般廃棄物と同様に運び込まれることが法的に可能になったわけですが、廃掃法に関するこのような根本的な変更について廃棄物処理行政の当事者である自治体に相談はありましたか?
Ⅱ 食品安全について
1 福島事故後食品の放射能汚染についての暫定規制値が示されました。暫定規制値とは何か チェルノブイリ時の規制値より緩いとは・・・
わが国には食品の放射能汚染についての規制値はありませんでした。今回のように広範囲に放射能汚染が広がるような原発事故はないことになっていたからです。
チェルノブイリ事故の後、政府が輸入食品の規制値とした値は確か370 Bq/kgでした。
そして今回、福島の事故の後政府が定めた規制値はセシウムレベルで食品500Bq/kgというものでした。なぜ輸入食品より多く国民が食べるであろう国産食品の規制値が輸入食品より緩いのか。
厚労省の若手官僚はこの質問に「緊急事態の暫定規制値です」と答えました。がれき処理の時と同様に、事故による放射能の拡散の程度、現実に合わせて(屈服して)、これも泥縄で規制値を決めたとしか考えられません。
2 食品の放射能規制は内部被ばくの問題です。食品から摂取した放射能は低線量でも、長期、近距離の被ばくになるので、外部被ばくとは全く違う基準で規制しなければなりません。特に放射線感受性の高い子どもたちと女性を内部被ばくから守らねばなりません。
市ができることとして、せめて学校と保育所の給食材料の自主検査を急ぐべきだと思うがいかがですか?
3 食品放射能測定機の運用はどうか?
消費者庁の補助で測定器を購入するとのこと。食品の放射能測定については、チェルノブイリ後の小金井市と今回の事故後のいわき市で、民間が担い手となった二つの事例を知っているが、さまざまなクリアすべき問題がある。
○ 経済的には何と言っても人員問題です。直接の職員配置ができるのか。
○ もう一つは出た検査結果の取り扱いです。公表するのかどうか。規制値との関係で公表の取り扱いを変えるのか
これらの問題についてどう考えるのか?
4 放射能問題に関する市からの発信について
自治体も食品の放射能汚染問題で市民にメッセージを出さねばならない場面があります。特に低線量被ばくと、食品の放射能汚染や内部被ばくについては、冷静で科学的な情報発信が必要です。徒らに不安をあおることも、安心を触れまわることも注意深く避けねばなりません。
すでに消費生活センターが「100mSV/年までは害はない」と主張して、とかくの評判のある学者を講師に招いて物議をかもしています。低レベル放射線被曝と健康の関係については学説が確定していないというのが現実であり、片方の意見の学者を呼ぶのなら、他方の主張も市民に紹介すべきでしょう。
同じ消費者行政の分野ではなくとも、市全体の取組み発信の中で様々な知見を紹介する事が出来るはずです。これは意見として申し述べて注意を促しておきます。
Ⅲ 園田競馬場のナイター開催計画について
1 周辺住民の理解 同意
周辺住民の理解 同意が前提、ということが競馬組合、市、市議会の共通認識でした。
周辺改善委員会の構成12町会のうち9町会が容認、賛成。3町会が反対という現状で同意と言えない。これも共通認識であったはずです。しかしその共通認識が崩れた場面がありました。
11月22日の競馬組合議会では「なお一層の努力をします」「見切り発車はしません」と述べていた組合執行部がわずか3日後の25日に、尼崎選出の競馬組合議員を訪ねて「ナイター設備の設計にかかりたい」と言ってきたのです。尼崎側2議員は激怒、席をけってその場を去りました。
後日、管理者がみえて、謝罪の上先の言明を撤回されて事は収まりました。「22日の了解まで巻き戻す」ということで設計への着手も断りなしにはしないことにはなりましたが、来年度からナイターを開始しようとすれば設備工事などのタイムリミットが迫っています。
県知事が記者会見で「競馬事業には関係者も多い。はいやめました、で済む問題ではない」とおっしゃり、賛意を示した町会の会長からは「何故すぐに実施を決めないのか」と迫られている中での、このふるまいですから、競馬組合執行部の焦りが感じとれます。
もう一度確認の必要があると思います。ナイター計画と周辺住民の理解の関係について、現在の時点でも本会議、委員会での陳情審査での市当局の答弁から変化はないと理解してよろしいか?
第2回登壇
Ⅰ がれき処理
1 相談もないままにがれきの受け入れについての放射能基準を設定し、いきなり10月になって「お前のところは準備しているか」と尋ねてくる国、環境省の姿勢には怒りを通り越してあきれるしかありません。
2 自治体は、住民の健康に責任を負います。安心にも責任を負います。処理に従事する労働者に対しても同様です。放射能を帯びているかもしれないがれきの処理にあたってもこの責任はまぬかれません。受け入れるにしても厳重な基準と安全対策が必要です。
他方、東北のがれきの処理もが「お断りして済む」問題ではないことはも言うまでもありません。いつまでも置いておける問題でもありません。現地では積み上げられたがれきが復興の大きな妨げになっているのです。自然発火や衛生面での問題なども発生していると聞きます。
何度も言いますが、まさに「お互い様」の問題なのです。
3 ところが、国、環境省の作った特措法と基準では、市民の健康と安心を確保できそうもありません。少なくとも大きな不安がのこります。いまだに得心の行く解決が示されない課題も多くあります。
○ 受け入れがれきの放射能限度。
先に述べたように、8000 Bq/kgと言う出口の基準があるだけで、がれきの混ぜ方でどうにでも決められる状態です。これはこれまでのクリアランスレベル100 Bq/kgからするとしてもとてつもない大きな数値ですが、示されている数値はこれだけで、受け入れがれきについては明確な基準数値が示されていません。これでは市民の安心のための議論をしようにもよりどころがありません。
○ 焼却灰の最終処分
最終処分にしても「8000 Bq/kgまでは普通に埋めてもよい」という基準で本当に良いのでしょうか。海洋埋め立てでは海水への溶出問題はどうするのでしょうか。放射性廃棄物として管理する必要があるのではないでしょうか。
○ 焼却中の廃ガス中の放射能の監視はどうするのか。許容基準は。
○ 作業に従事する労働者の安全はどう確保するのか。放射線作業従事者として扱うことには様々な問題がある。
4 など、私が考えるだけでも数多くのクリアすべきハードルがあります。
そして何よりも大きな課題は、放射能を扱う関する限り絶対安全はあり得ない、絶対安心もあり得ないのですから、どこまでのリスクを許容するのか、許容範囲に抑えるために何をするのかについて市民合意を打ち立てることです。
5 これらの仕事は自治体の仕事だと私は考えます。国、環境省の今のような体たらくではいつまで待ってもこれらの課題は解決せず、最後は住民の信頼もないままに、許容限度内の安全、安心も打ち立てられないままに、来年からの特別措置法の発効で、なし崩しに処分が始まるということになりかねません。
6 市長が「東北の被災地のがれき処理に背を向けるわけにはいきません。リスクは自治体の責任でここまでに抑えます。分かち合いましょう。」と呼びかけるべき時期だと考えます。
7 現実的な数値の話を一つします。従来の放射性廃棄物の基準は100 Bq/kgでした。
日本弁護士連合会は、「この値を受け入れ基準にせよ」と提言しています。この基準数値は参考になると思います。福島県のがれきは国の手で県内で処理されるようですから、私たちが受け入れを考える岩手、宮城の被災地に、今積み上げられているがれきの大半はその基準以下であろうと思われます。現実的な数値でもあります。
8 伺います。
災害廃棄物の広域処理の受け入れについて、市民の健康と安心の立場から放射能汚染に対する独自の基準と管理方法を定め、そのために必要な支援を国に求め、市民の理解を得て実施に向かうことについて市長のお考えはどうでしょうか?
Ⅲ ナイター開催について
(意見) 同意はどう判定するか 組合の努力 より広く深い納得(住民)
ナイター開催について更に質問を続けます。
2 考えるべきもう一つの事柄 ナイター実施による経営改善の見通しです。
ナイター開催は競馬事業の収支を存続に必要なまでに改善できるか?
まず、ナイターを実施して経営改善の見通しが立つのかが問題になる。
これに関しては、管理者自ら「ナイターをやっても経営が劇的に上向くことは考えられず、延命程度にしかならない」「売上比例の上納金制度の廃止に期待する」と先の組合議会で述べています。
お寒い話で、こんな見通しで周辺住民に「不安や迷惑をしのんでくれ」と言えるのか心配です。結局経営が改善できず、より一層傷が深まってしまうことにならないかどうか十分な見極めが必要なのですが、ここでも競馬組合の執行部側には焦りが見られます。
3 存廃の議論が並行してなされなければならない。
井戸県知事は「ナイター開催を断念すれば競馬事業そのものの存廃にかかわる」と発言した。私も同じ見解です。もともと平成22年度の赤字決算によって、競馬事業存廃の「見極め期間に入っているのです。ナイター実施の是非を論じることは存廃の是非を論じることと表裏一体なのです。
ところが、廃止についての検討は誰もしようとしない。競馬組合執行部は「我々は競馬事業を経営する立場であり、存廃を議論する立場ではない」と言う。「存廃は主催者が考えることだ」というわけです。もっともなことですが、ならば主催者たる兵庫県と尼崎市、姫路市が存廃について考え、協議する意思を持っているかと言うと、それは全く見当たりません。検討材料をそろえるくらいのことはしないといけないと思うのですけれど。
廃止についての議論に際して必要なことの一つに競馬組合の資産と債務の比較データがあります。企業だと貸借対照表ですね。事業をいま止めるとして資産と負債がどういうバランスになっているかを表わすものです。競馬組合に貸借対照表の考えはないが、似たようなことは必要になります。組合執行部は「そのようなことは考えていません」と、とりつく島もありません。
そこで、私の素人考えです。
現在の競馬組合に直接の累積赤字や借金はない。廃止に要する費用負担は従業員の退職に要する費用(退職金など含む)などの法的義務のあるものと、馬主、調教師、騎手などとの間で生じる可能性のある廃業補償の支払いなどが考えられます。後者については調べてもよくわからないのですが、競輪の経験から考えて直ちに支払い義務が生じる訳ではなく、交渉か裁判を通じて決まるのでしょう。
競馬事業を廃止する場合、必要になるであろうこれらの費用はどこから出るのか。これが悩ましいのです。平成3年当時に123億円あった基金などの内部留保は平成17年には1億円と底をついてしまいました。平成22年度末も実質1億円しかありません。この基金は、短期的な収支変動に対処するという目的の他に、競馬事業のための投資や終結に際しての賠償等の経費に充てるべく一定額は留保されていなければならないものです。
何故なくなったのか。
競馬組合は平成4年以降、収支黒字を上回る配分金を支出してきました。あまつさえ平成11年以降は赤字にもかかわらず配分金を出し続けた。配分金は儲けの分配です。赤字の年に出せるものではないはずです。しかし何年も出し続けた。そしてすってんてんになったというわけです。
廃止に要する費用の財源がない。主催三自治体が税金から負担するしかない。これが、誰も廃止について議論できない、したがらない理由だとすれば由々しきことです。ブレーキを踏めずに進む先が崖ではないという保証はないのですから。
自治体の収入側からすると競馬事業が赤字でも、基金を取り崩してでも配分金は欲しかったでしょう。しかし競馬組合の経営からすると基金の取り崩しには限度があるはずです。その競馬組合の経営の立場を主張する役目はだれも果たさなかったのではないでしょうか。
その間、園田競馬場にはこれという設備投資もされず、資金を使っての集客戦略も展開されなかった。そして今、自己資金ではなく県からの支援金で泥縄式にナイター開催をしようとしている。新しい経営戦略展開は体力のあるときに行うべきことでした。
そして存廃の検討も同じく、廃止に伴う負担に耐える体力があるうちにしなければなりません。
ナイター事業の先駆けとして例に挙げられる大井競馬は、園田と同じく赤字で配分金も基本的に出していないが、園田とは比べ物にならない立派な設備投資をして、なお150億円の基金を保持している。こうでなくてはいけません。
尼崎市の競艇事業でも過去、借金が残っているのに払わずにおいて市財政への繰り出しを続けていた。しかし後にこれを反省し、経営改善計画のもと市の財政への繰り出しを抑えて積み立てに回し、今年度末で借金は完済、離職慰労金も清算を終えて身軽になる。こうでなくてはいけません。
おたずねします。
競馬事業の過去はこのようなことであった。配分金を受け取りたい主催者自治体に対して、競馬事業の経営の観点から、必要な内部留保や資金投入を主張するような機能、役割が競馬組合には欠けていました。主催者たる尼崎市にそのことの反省はありますか?
そして今はどうですか?このような機能は今も存在しないと考えますが、どうですか?
第3回登壇
(意見)
執行体制の中にこの機能が存在しないなら、競馬組合議会が及ばずながらその役目を果たすしかない。
ナイター開催が競馬事業の今後の経営に与える効果についてようやく組合執行部から見通しが示された。これからそれについてジックリ点検しなければならない。
放射性物質に汚染された瓦礫の処理 ― 2011/11/10
がれき、瓦礫。
○東北の震災がれきの受け入れが大議論になっています。
これまで、災害時の瓦礫は自治体間の助け合いで処理されてきました。
焼却炉は国や県にはありません。持っているのは市町村だけですからそうなります。
阪神大震災の時にも、他都市のパッカー車が来て震災瓦礫を自分の町の焼却炉に持って帰って処理してくれたものです。そのことを思い出すと今でも目頭が熱くなります。
そんなわけで、東日本大震災震災でも、瓦礫焼却処理の能力の問い合わせに対して尼崎市は、「1万トンくらいなら可能ですよ」と、当たり前のこととして返事をしました。
麗しい被災地支援の心根でした。
放射能汚染問題さえなければ。
そのあと、放射能汚染が問題になります。その中で、雑誌アエラに「尼崎市は放射能に汚染された瓦礫を受け入れると言った」かのように報道されたのは、この回答のことです。
そして「放射能瓦礫の受け入れ反対」の声が上がっています。
「放射能に汚染された瓦礫を、汚染の無い地域にわざわざ運んで拡散してもいいのか?それを吸い込む尼崎の子どもたちの健康はどうなるのだ」
「それではあの大量の瓦礫をどうするのか? 被災地で処理しろ、で済むのか?
放射線量について十分に厳しい基準を設けたうえで、受け入れて処理するのが助け合いではないか」
議論はつづきます。
「放射能がれきを受け入れないで!」と言う陳情が審議された日、市議会の傍聴席は赤ちゃん連れのお母さんであふれました。
若いお母さんの真剣なまなざしを前に、議員たちは深い悩みに沈むのでした。
○放射性物質に汚染された廃棄物の法的扱い
「廃棄物の処理と清掃に関する法律」によると、廃棄物とは、液体や固体の汚物または不要物、ただし放射性物質とそれに汚染されたもの以外、と定義されています。
つまり放射性物質に汚染されたものは自治体が処理する廃棄物ではなかったのです。
ところが、被災地のがれきは多かれ少なかれ放射性物質に汚染されている可能性があるので、この法律通りだと、自治体は瓦礫を処理する事ができません。
これまでのように被災自治体の瓦礫を他の自治体が応援で処理してあげることもできないことになります。
そこで国会は議員立法で、震災と原発災害のがれきを処理するための「特別措置法」を作り、放射性物質に汚染されたがれきも廃棄物に入れることにしました。
そして、これを受けて環境省は、焼却処理して出た灰や燃やせないがれきの最終処分も、「放射能8000ベクレル/㎏までは普通に埋め立ててよろしい」「10万ベクレル/㎏までは囲いの中にに埋めなさい」といっています。
次には、焼却場に持ちこむがれきの放射能の基準も決めなくてはいけません。しかし現在のところ環境省はこの基準を決めていません。
3・11以前は、 放射性物質に汚染されたものは別の原子力関係法に基づいて、基本的には原子力施設内で処理、保管されることになっていました。放射能は人の手で消すことが出来ないのですから当然のことでした。放射性廃棄物で原子力発電所の外に出してもいいのは、100ベクレル/㎏未満ということになっていました。
焼却による放射性物質の濃縮率は33倍程度ですから、焼却灰を8000ベクレル/㎏に抑えようとすれば、燃やす瓦礫の上限は240ベクレル/㎏となります。これは前の100ベクレル/㎏を上回ります。
100ベクレル/㎏の基準自体原子力発電所側の「基準を緩めて低レベル放射性廃棄物は場外に出せるようにしてくれくれないと原発の敷地が廃棄物だらけになってしまう」という声にこたえて出来たもので、「この基準は緩すぎる」という批判を受けているのです。
運び込む瓦礫の放射能基準をどう定めるのでしょうか?
現在のところ環境省はこの基準を決めていません。
○国のていたらく
3・11以降、国の放射能汚染に対する対処の仕方、食品や環境についての基準の決めかたを見ていますと、市民の健康や生活の安全に、ではなく、汚染が広がっている現実に合わせて「後出しで」決めているのが実態です。
原発事故直後の避難範囲の決定、がそうです。避難範囲を風向きなど無視してただの同心円で順に広げていっただけで、結局後手に回って、多くの住民に避けられた被ばくをさせてしまいました。
食品の放射能についての暫定基準もそうです。チェルノブイリ事故の後輸入食品に定めた基準370ベクレル/㎏より緩い基準にしましたが、その理由は全く説明できません。
子供の施設の除染や避難基準もそうです。これまでの一般市民の被曝上限1mシーベルト/年をはるかに上回る20倍、20mシーベルト/年までに基準を緩めたのも、現実にそれくらいの汚染が広がっていたからです。
そしてこの廃棄物に関する基準。
8000ベクレル/㎏などという放射性物質は、以前なら放射能マークのついたドラム缶に詰めて原子炉施設の中に永久保存されるべきものでした。その基準を、沢山出て追いつかないからと言っていきなり外していいのでしょうか。
しかも、これらの決定は全て、廃棄物処理の当事者である自治体には何の相談もないままです。
唯一あった自治体に対する相談は
震災直後、「あんたのところは震災瓦礫どれだけ引き受けてやれる?」という問い合わせが来ただけ。
尼崎市も含めた各自治体は「うちはこれだけ引き受けられますよ」と返事しました。
放射性物質によるがれき汚染問題が問題になる前のことです。
これがアエラなどにセンセーショナルに取り上げられ、「放射能瓦礫が燃やされる、汚染が広がる」という報道になりました。「尼崎市は年間1万トン」などなど。
尼崎市にしてみたら、放射能のことなど考えずにした返事がそのように報道されて、いい面の皮です。
そして、その後は「無しのつぶて」で、10月に入ってからいきなり
「あんたのところは、(放射性物質汚染瓦礫の処理を)A決めた B研究中 C研究準備中 のどれか?」という問い合わせです。
「できないという選択肢がないやないか」と皆怒っています。
○尼崎市の回答は次の通りです。
①検討状況 ― (回答せず)
②検討内容等 「放射能汚染の恐れがある災害廃棄物の受け入れに際し、処理施設における放射性物質の挙動など技術的な知見が十分に示されていない状況、更に焼却灰等の受け入れ先である最終処分場(海面埋め立て)での処分方法等が具体的に示されていない現状から、受け入れを検討できる状況にありません。
他の自治体の多くも似たような返事をしたようです。
しかしそんな中、東京都が瓦礫の処分の受け入れを始めたことが報道されました。
尼崎市が、「ここが決まらないと検討もできない」と言っている最終処分場、「大阪湾センター」も近畿圏の広域の自治体などの共同設立ですので、最終的には国の言うことを聞くものと思われます。
○早晩尼崎市も態度決定を迫られます。
仮に受け入れ前提で考えると、
1 受け入れ瓦礫の放射能汚染の限度を安全性の見地から決定
2 運搬中の安全確保
3 処分中の安全確保
4 周辺の汚染阻止、
5 最終処分の安全確保
6 これらすべての厳密な検証と情報公開
6 住民の理解と合意
などの課題を解決しなければなりません。先の国の姿勢からして、これを環境省や国に任せきりにしては安全性に信用が置けません。
ここは、尼崎市などの自治体が主体的に、震災復興の支援としての瓦礫処理支援と、放射線被爆からの安全が両立する道を探っていかねばならない場面です。
遠く東北からの運搬の経済合理性から考えて、海沿いにあって、港湾施設の近くに焼却炉を持っている自治体(尼崎のように)には特に強い要請があるものと考えて真剣に対処しなくてはいけません。
○東北の震災がれきの受け入れが大議論になっています。
これまで、災害時の瓦礫は自治体間の助け合いで処理されてきました。
焼却炉は国や県にはありません。持っているのは市町村だけですからそうなります。
阪神大震災の時にも、他都市のパッカー車が来て震災瓦礫を自分の町の焼却炉に持って帰って処理してくれたものです。そのことを思い出すと今でも目頭が熱くなります。
そんなわけで、東日本大震災震災でも、瓦礫焼却処理の能力の問い合わせに対して尼崎市は、「1万トンくらいなら可能ですよ」と、当たり前のこととして返事をしました。
麗しい被災地支援の心根でした。
放射能汚染問題さえなければ。
そのあと、放射能汚染が問題になります。その中で、雑誌アエラに「尼崎市は放射能に汚染された瓦礫を受け入れると言った」かのように報道されたのは、この回答のことです。
そして「放射能瓦礫の受け入れ反対」の声が上がっています。
「放射能に汚染された瓦礫を、汚染の無い地域にわざわざ運んで拡散してもいいのか?それを吸い込む尼崎の子どもたちの健康はどうなるのだ」
「それではあの大量の瓦礫をどうするのか? 被災地で処理しろ、で済むのか?
放射線量について十分に厳しい基準を設けたうえで、受け入れて処理するのが助け合いではないか」
議論はつづきます。
「放射能がれきを受け入れないで!」と言う陳情が審議された日、市議会の傍聴席は赤ちゃん連れのお母さんであふれました。
若いお母さんの真剣なまなざしを前に、議員たちは深い悩みに沈むのでした。
○放射性物質に汚染された廃棄物の法的扱い
「廃棄物の処理と清掃に関する法律」によると、廃棄物とは、液体や固体の汚物または不要物、ただし放射性物質とそれに汚染されたもの以外、と定義されています。
つまり放射性物質に汚染されたものは自治体が処理する廃棄物ではなかったのです。
ところが、被災地のがれきは多かれ少なかれ放射性物質に汚染されている可能性があるので、この法律通りだと、自治体は瓦礫を処理する事ができません。
これまでのように被災自治体の瓦礫を他の自治体が応援で処理してあげることもできないことになります。
そこで国会は議員立法で、震災と原発災害のがれきを処理するための「特別措置法」を作り、放射性物質に汚染されたがれきも廃棄物に入れることにしました。
そして、これを受けて環境省は、焼却処理して出た灰や燃やせないがれきの最終処分も、「放射能8000ベクレル/㎏までは普通に埋め立ててよろしい」「10万ベクレル/㎏までは囲いの中にに埋めなさい」といっています。
次には、焼却場に持ちこむがれきの放射能の基準も決めなくてはいけません。しかし現在のところ環境省はこの基準を決めていません。
3・11以前は、 放射性物質に汚染されたものは別の原子力関係法に基づいて、基本的には原子力施設内で処理、保管されることになっていました。放射能は人の手で消すことが出来ないのですから当然のことでした。放射性廃棄物で原子力発電所の外に出してもいいのは、100ベクレル/㎏未満ということになっていました。
焼却による放射性物質の濃縮率は33倍程度ですから、焼却灰を8000ベクレル/㎏に抑えようとすれば、燃やす瓦礫の上限は240ベクレル/㎏となります。これは前の100ベクレル/㎏を上回ります。
100ベクレル/㎏の基準自体原子力発電所側の「基準を緩めて低レベル放射性廃棄物は場外に出せるようにしてくれくれないと原発の敷地が廃棄物だらけになってしまう」という声にこたえて出来たもので、「この基準は緩すぎる」という批判を受けているのです。
運び込む瓦礫の放射能基準をどう定めるのでしょうか?
現在のところ環境省はこの基準を決めていません。
○国のていたらく
3・11以降、国の放射能汚染に対する対処の仕方、食品や環境についての基準の決めかたを見ていますと、市民の健康や生活の安全に、ではなく、汚染が広がっている現実に合わせて「後出しで」決めているのが実態です。
原発事故直後の避難範囲の決定、がそうです。避難範囲を風向きなど無視してただの同心円で順に広げていっただけで、結局後手に回って、多くの住民に避けられた被ばくをさせてしまいました。
食品の放射能についての暫定基準もそうです。チェルノブイリ事故の後輸入食品に定めた基準370ベクレル/㎏より緩い基準にしましたが、その理由は全く説明できません。
子供の施設の除染や避難基準もそうです。これまでの一般市民の被曝上限1mシーベルト/年をはるかに上回る20倍、20mシーベルト/年までに基準を緩めたのも、現実にそれくらいの汚染が広がっていたからです。
そしてこの廃棄物に関する基準。
8000ベクレル/㎏などという放射性物質は、以前なら放射能マークのついたドラム缶に詰めて原子炉施設の中に永久保存されるべきものでした。その基準を、沢山出て追いつかないからと言っていきなり外していいのでしょうか。
しかも、これらの決定は全て、廃棄物処理の当事者である自治体には何の相談もないままです。
唯一あった自治体に対する相談は
震災直後、「あんたのところは震災瓦礫どれだけ引き受けてやれる?」という問い合わせが来ただけ。
尼崎市も含めた各自治体は「うちはこれだけ引き受けられますよ」と返事しました。
放射性物質によるがれき汚染問題が問題になる前のことです。
これがアエラなどにセンセーショナルに取り上げられ、「放射能瓦礫が燃やされる、汚染が広がる」という報道になりました。「尼崎市は年間1万トン」などなど。
尼崎市にしてみたら、放射能のことなど考えずにした返事がそのように報道されて、いい面の皮です。
そして、その後は「無しのつぶて」で、10月に入ってからいきなり
「あんたのところは、(放射性物質汚染瓦礫の処理を)A決めた B研究中 C研究準備中 のどれか?」という問い合わせです。
「できないという選択肢がないやないか」と皆怒っています。
○尼崎市の回答は次の通りです。
①検討状況 ― (回答せず)
②検討内容等 「放射能汚染の恐れがある災害廃棄物の受け入れに際し、処理施設における放射性物質の挙動など技術的な知見が十分に示されていない状況、更に焼却灰等の受け入れ先である最終処分場(海面埋め立て)での処分方法等が具体的に示されていない現状から、受け入れを検討できる状況にありません。
他の自治体の多くも似たような返事をしたようです。
しかしそんな中、東京都が瓦礫の処分の受け入れを始めたことが報道されました。
尼崎市が、「ここが決まらないと検討もできない」と言っている最終処分場、「大阪湾センター」も近畿圏の広域の自治体などの共同設立ですので、最終的には国の言うことを聞くものと思われます。
○早晩尼崎市も態度決定を迫られます。
仮に受け入れ前提で考えると、
1 受け入れ瓦礫の放射能汚染の限度を安全性の見地から決定
2 運搬中の安全確保
3 処分中の安全確保
4 周辺の汚染阻止、
5 最終処分の安全確保
6 これらすべての厳密な検証と情報公開
6 住民の理解と合意
などの課題を解決しなければなりません。先の国の姿勢からして、これを環境省や国に任せきりにしては安全性に信用が置けません。
ここは、尼崎市などの自治体が主体的に、震災復興の支援としての瓦礫処理支援と、放射線被爆からの安全が両立する道を探っていかねばならない場面です。
遠く東北からの運搬の経済合理性から考えて、海沿いにあって、港湾施設の近くに焼却炉を持っている自治体(尼崎のように)には特に強い要請があるものと考えて真剣に対処しなくてはいけません。
園田競馬つづき ― 2011/11/09
ナイターレースができなければ・・・撤退
「他に売り上げを増やせるあてはないので、競馬場をたたむしかない」と競馬組合の担当者は言います。
そして、「競馬事業から撤退するにも多額のお金がいる」と言われています。
しかしこれは、ひそかに脅しのようにして言われている事で、私の前任の尼崎側議員が競馬組合議会で尋ねたところ、「撤退の検討は競馬組合の仕事ではない。撤退の経費を説明する材料はない」との答えでした。
したがっていくらかかるのかはわかりません。実態がわからないほど不安は大きくなります。
かくして、巨額の廃業費用という不安の下で、関係者は「行くも地獄、とどまるも地獄」みたいなジレンマに落ちいっています。
そして、役人には「先送り主義」という悪い性癖があります。
解決が必要な問題があっても自分がその職にある間は放置しておくのです。
こういう姿勢を、日本では「後は野となれ山となれ」・・・西洋では「我が亡きあとに洪水は来たれ」というそうです。
貯金が残っていれば
廃業にいくらかかるにせよH3年に持っていた120億円の貯金があれば心配はないと思うのですが・・・。赤字でも配分金を出し続けて、今やすっからかん。
いったい何を考えて、赤字になってからもその貯金を食いつぶして配分金を出してきたのでしょう。「責任者を出せ」と言いたくなります。
決断は早くしないと
このようにナイター計画の可否は競馬事業存廃の決断と直結しているのです。酒井としても調べれば調べるほど「えらいときに競馬組合の議員になった」と身の引きしまる思いです。
しかし、放置は許されません。
ナイターに投資する前に競馬事業の存廃を決めなくてはなりません。
ナイターで経営が改善されると見込めるのならまだしも、その見込みが薄いのなら、ナイターに投資をしてから撤退の決断をしたのでは投資が無駄になります。その金額は約6億円。撤退の際の財源の足しなるはずのお金です。
撤退で発生する費用の負担を恐れる声もあります。確かに財政難の今その負担を避けたい気持ちもわかります。
しかし、それも経営の改善の見通しがなければ、負担の先延ばしにしかなりません。先送りすれば負担は増加する可能性が高いのです。
経営改善の見通しは誰も確実なことは言えません。しかし今の時点で決断するしかないのです。
「他に売り上げを増やせるあてはないので、競馬場をたたむしかない」と競馬組合の担当者は言います。
そして、「競馬事業から撤退するにも多額のお金がいる」と言われています。
しかしこれは、ひそかに脅しのようにして言われている事で、私の前任の尼崎側議員が競馬組合議会で尋ねたところ、「撤退の検討は競馬組合の仕事ではない。撤退の経費を説明する材料はない」との答えでした。
したがっていくらかかるのかはわかりません。実態がわからないほど不安は大きくなります。
かくして、巨額の廃業費用という不安の下で、関係者は「行くも地獄、とどまるも地獄」みたいなジレンマに落ちいっています。
そして、役人には「先送り主義」という悪い性癖があります。
解決が必要な問題があっても自分がその職にある間は放置しておくのです。
こういう姿勢を、日本では「後は野となれ山となれ」・・・西洋では「我が亡きあとに洪水は来たれ」というそうです。
貯金が残っていれば
廃業にいくらかかるにせよH3年に持っていた120億円の貯金があれば心配はないと思うのですが・・・。赤字でも配分金を出し続けて、今やすっからかん。
いったい何を考えて、赤字になってからもその貯金を食いつぶして配分金を出してきたのでしょう。「責任者を出せ」と言いたくなります。
決断は早くしないと
このようにナイター計画の可否は競馬事業存廃の決断と直結しているのです。酒井としても調べれば調べるほど「えらいときに競馬組合の議員になった」と身の引きしまる思いです。
しかし、放置は許されません。
ナイターに投資する前に競馬事業の存廃を決めなくてはなりません。
ナイターで経営が改善されると見込めるのならまだしも、その見込みが薄いのなら、ナイターに投資をしてから撤退の決断をしたのでは投資が無駄になります。その金額は約6億円。撤退の際の財源の足しなるはずのお金です。
撤退で発生する費用の負担を恐れる声もあります。確かに財政難の今その負担を避けたい気持ちもわかります。
しかし、それも経営の改善の見通しがなければ、負担の先延ばしにしかなりません。先送りすれば負担は増加する可能性が高いのです。
経営改善の見通しは誰も確実なことは言えません。しかし今の時点で決断するしかないのです。
園田競馬場 つづき ― 2011/10/27
ナイターレースで売り上げは伸びるか?
ナイターレースをやっている川崎と大井の競馬場を視察してきました。大井競馬場はハイセイコーがデビューした所だそうで、これはなかなかの物語ですね。設備も立派で、夕刻からはサラリーマン風のグループやカップルでにぎわいだします。園田競馬場とはかなり雰囲気が違います。
川崎競馬場も、レースはやっていませんでしたが、コースの内側は奇麗な芝生が敷き詰められていて、開催日は子連れのお母さんたちが女子会をやっている風景が見られるそうです。
いずれも周辺は住宅地ではないので周辺住民からの苦情などはないそうです。
しかし、この両方とも実質赤字だそうで、開催者の自治体にはここ何年か一切お金は入っていないとの事。
園田競馬場は設備投資の面でもこの二場に比べて圧倒的に立ち遅れています。
ナイターをやれば売り上げが伸びるという競馬組合の話ですが、この二つの競馬場でも儲かっていない現実からするとどうなのでしょうか。
ナイターレースをやっている川崎と大井の競馬場を視察してきました。大井競馬場はハイセイコーがデビューした所だそうで、これはなかなかの物語ですね。設備も立派で、夕刻からはサラリーマン風のグループやカップルでにぎわいだします。園田競馬場とはかなり雰囲気が違います。
川崎競馬場も、レースはやっていませんでしたが、コースの内側は奇麗な芝生が敷き詰められていて、開催日は子連れのお母さんたちが女子会をやっている風景が見られるそうです。
いずれも周辺は住宅地ではないので周辺住民からの苦情などはないそうです。
しかし、この両方とも実質赤字だそうで、開催者の自治体にはここ何年か一切お金は入っていないとの事。
園田競馬場は設備投資の面でもこの二場に比べて圧倒的に立ち遅れています。
ナイターをやれば売り上げが伸びるという競馬組合の話ですが、この二つの競馬場でも儲かっていない現実からするとどうなのでしょうか。
競馬ナイター ― 2011/10/04
尼崎の園田競馬がナイターレースを計画していることに対して、競馬場周辺の住民からは治安上の不安の声が上がっています。
7月から園田競馬の開催者である兵庫県競馬組合の議員になった私はいきなり渦中の人になってしまいました。
というのも、ナイター開催について議論したはずの競馬組合の3月議会の議事録を読んで、とんでもないことに気付いたのです。
それは、「この競馬事業について続けるか辞めるかを考えて決める主体はどこにもない」ということです。
ちょっと長くなりますが説明します。
兵庫県競馬組合は、兵庫県と尼崎市と姫路市の三者で構成する一部事務組合です。もとより公営ギャンブルの開催権は地方自治体にしかありませんから、この三自治体がそれぞれの開催権を持ち寄って共同で公営ギャンブルを開催している事になります。
その開催場所が、園田競馬場だというわけです。姫路競馬場でも少し開かれますが、最近は大半のレースは園田です。(ですから、以後この兵庫県競馬組合のことを園田競馬と呼びます)
さて園田競馬は地方競馬で、天皇賞やダービーのある中央競馬(JRA)とは違って近年は売上が長期低落傾向にあります。
園田競馬も、ここ数年は公営ギャンブルの主目的である配分金(自治体が受け取る、儲けの分け前)も出せない状態で、とうとう昨年度は5億円もの赤字を出してしまいました。
売り上げが低迷する中で、競馬の活性化について意見を求めた委員会からは、「赤字が出たらその年から五年間の間に競馬事業の存続か廃止かについて見極めなさい。」と言う答申を受けていました。
この答申に従って、存廃の見極め期間に入った中で、このナイター開催が計画されているのです。
ではナイター開催について利害得失を考えてみましょう。
ナイター開催の為には、照明設備など6億円の投資が必要です。
それから周辺住民から上がっている治安上の不安も無視できません。これまでも競馬帰りの客から「金を貸してくれ」と言われたり、子供や女性がからかわれたりという被害があったそうで、「これが夜になるとどうなるだろう」という周辺住民の不安は理由があります。
これがナイター開催のリスク、つまり利害得失の「害」「失」の方です。
では利害得失の「利」「得」は何なのか。もちろんナイター開催で見込まれる売上の増加です。
(つづく)
7月から園田競馬の開催者である兵庫県競馬組合の議員になった私はいきなり渦中の人になってしまいました。
というのも、ナイター開催について議論したはずの競馬組合の3月議会の議事録を読んで、とんでもないことに気付いたのです。
それは、「この競馬事業について続けるか辞めるかを考えて決める主体はどこにもない」ということです。
ちょっと長くなりますが説明します。
兵庫県競馬組合は、兵庫県と尼崎市と姫路市の三者で構成する一部事務組合です。もとより公営ギャンブルの開催権は地方自治体にしかありませんから、この三自治体がそれぞれの開催権を持ち寄って共同で公営ギャンブルを開催している事になります。
その開催場所が、園田競馬場だというわけです。姫路競馬場でも少し開かれますが、最近は大半のレースは園田です。(ですから、以後この兵庫県競馬組合のことを園田競馬と呼びます)
さて園田競馬は地方競馬で、天皇賞やダービーのある中央競馬(JRA)とは違って近年は売上が長期低落傾向にあります。
園田競馬も、ここ数年は公営ギャンブルの主目的である配分金(自治体が受け取る、儲けの分け前)も出せない状態で、とうとう昨年度は5億円もの赤字を出してしまいました。
売り上げが低迷する中で、競馬の活性化について意見を求めた委員会からは、「赤字が出たらその年から五年間の間に競馬事業の存続か廃止かについて見極めなさい。」と言う答申を受けていました。
この答申に従って、存廃の見極め期間に入った中で、このナイター開催が計画されているのです。
ではナイター開催について利害得失を考えてみましょう。
ナイター開催の為には、照明設備など6億円の投資が必要です。
それから周辺住民から上がっている治安上の不安も無視できません。これまでも競馬帰りの客から「金を貸してくれ」と言われたり、子供や女性がからかわれたりという被害があったそうで、「これが夜になるとどうなるだろう」という周辺住民の不安は理由があります。
これがナイター開催のリスク、つまり利害得失の「害」「失」の方です。
では利害得失の「利」「得」は何なのか。もちろんナイター開催で見込まれる売上の増加です。
(つづく)
「最悪を想定し、最善を尽くす」 ― 2011/05/11
阪神大震災の後、当時の防災計画を作った学者が次のようなことを述懐していた事を記憶しています。
「計画の想定震度を震度5強(当時の表示法で最高の震度)にすべきではないかという考えもあった。しかし震度5強を想定すると避難計画も復興計画も十分にたてられないので、最高震度を想定するのを止めた。」
この発想法が危機管理の最大の敵です。
「満点を取るために、問題の方を能力に合わせて作る」ようなもので、官僚組織に蔓延しがちな思考法です。
太平洋戦争の帝国日本軍(当時最大の官僚組織)の参謀たちもこの思考法に取りつかれていた。
自分たちの力はこれだけだから、それ以上の力で攻めてくるという「想定」はしない。
つながりますね、「想定外」という言葉に・・・。
「想定不適切事象」という言葉も原発の設計では使われていたそうです。想定する事が適当でないケース?
想定しても十分な対応が計画できないケースということなのでしょうか。
ある日の記者会見で、東電関係者だか、国の役人だかが、「全ての場合、例えば、隕石が落ちてきて当たったら、というような場合まで想定することはできない」と答えているのを聞きました。
隕石が落ちてきて当たる場合と、ここ数百年の歴史の記録に残っている規模の大地震、大津波とをこのように同列に論じること、これを詭弁と言わずに何と呼びましょう。
それでも、隕石の場合でも回答はあります。
「隕石が命中した場合=破壊された原子炉からの放射性物質の飛散に対する最大限の対策をとる」
しかないですね。
満点の答案は書けません。でも最善を尽くす。です。
そして、このリスクが取れない、つまり起きうる被害とその確率と受ける利益の比較が「割に合わない」なら「そもそもやめておく」事です。
私は、原発はリスクと比べて「割が合わない」からやめるべきだという意見ですが、推進する側もチャンとしたリスクの話をしてほしいものです。
事故や災害時の被害の規模と、その確率をちゃんと説明し、原発による発電の必要との比較を示す。そのような説明はかつて聞いたことがありませんでした。今回が実地勉強というわけですか。
「絶対安全です」と言っておいて、事故が起きたら「想定外」。
どちらも「うそ」です。
こんなウソをお金にあかせてごり押しする事は許されません。
「計画の想定震度を震度5強(当時の表示法で最高の震度)にすべきではないかという考えもあった。しかし震度5強を想定すると避難計画も復興計画も十分にたてられないので、最高震度を想定するのを止めた。」
この発想法が危機管理の最大の敵です。
「満点を取るために、問題の方を能力に合わせて作る」ようなもので、官僚組織に蔓延しがちな思考法です。
太平洋戦争の帝国日本軍(当時最大の官僚組織)の参謀たちもこの思考法に取りつかれていた。
自分たちの力はこれだけだから、それ以上の力で攻めてくるという「想定」はしない。
つながりますね、「想定外」という言葉に・・・。
「想定不適切事象」という言葉も原発の設計では使われていたそうです。想定する事が適当でないケース?
想定しても十分な対応が計画できないケースということなのでしょうか。
ある日の記者会見で、東電関係者だか、国の役人だかが、「全ての場合、例えば、隕石が落ちてきて当たったら、というような場合まで想定することはできない」と答えているのを聞きました。
隕石が落ちてきて当たる場合と、ここ数百年の歴史の記録に残っている規模の大地震、大津波とをこのように同列に論じること、これを詭弁と言わずに何と呼びましょう。
それでも、隕石の場合でも回答はあります。
「隕石が命中した場合=破壊された原子炉からの放射性物質の飛散に対する最大限の対策をとる」
しかないですね。
満点の答案は書けません。でも最善を尽くす。です。
そして、このリスクが取れない、つまり起きうる被害とその確率と受ける利益の比較が「割に合わない」なら「そもそもやめておく」事です。
私は、原発はリスクと比べて「割が合わない」からやめるべきだという意見ですが、推進する側もチャンとしたリスクの話をしてほしいものです。
事故や災害時の被害の規模と、その確率をちゃんと説明し、原発による発電の必要との比較を示す。そのような説明はかつて聞いたことがありませんでした。今回が実地勉強というわけですか。
「絶対安全です」と言っておいて、事故が起きたら「想定外」。
どちらも「うそ」です。
こんなウソをお金にあかせてごり押しする事は許されません。
「ありがとう、さようなら」 ― 2011/05/11
東電福島第一の原発事故を受けて、脱原発を訴えるデモや集会が盛んです。その中で、「(原発)ありがとう、さようなら」というメッセージを掲げている若者たちがいたという話をききました。
とても良い意思表示だと思います。
・・・私たちはこれまで原発の生み出す電力の恩恵に浴してきました。でもこのような危険が現実になった今、お別れする方向を選びます。・・・
「そら見たことか」と声高に非難するでもなく、「原発を止めようというのなら電気を使うな」と理不尽に迫るのでもなく、実際の経過を踏まえて、現実的な転換の道を選ぶ。
原子力発電をめぐる議論は、ともすれば声高なののしりあいになりがちでした。
一方は、政策的妥当性を超えた国費の後押しを受けて、大独占企業が進める事業であり、圧倒的な資金と物量で、安全と必要を宣伝する。その宣伝の中には、明らかな詭弁や問題のすり替えがあるが、反論や指摘は物量の前にかき消される。
他方は、疑問や批判が深まれば深まるほど、それがかき消されることにいらだちや焦りがつのり、ともすれば説得や事実の提示よりも、非難や攻撃が前面に出て、次第に余人の近寄りがたいものになる。
「ありがとう、さようなら」は卒園、卒業の際にうたわれる歌の歌詞でもあるそうです。意味は違って使われているのですが、その言葉のおだやかさが生きて、とげとげしい議論を和らげながら、進む方向もきちんと示す良いメッセージになっています。
とても良い意思表示だと思います。
・・・私たちはこれまで原発の生み出す電力の恩恵に浴してきました。でもこのような危険が現実になった今、お別れする方向を選びます。・・・
「そら見たことか」と声高に非難するでもなく、「原発を止めようというのなら電気を使うな」と理不尽に迫るのでもなく、実際の経過を踏まえて、現実的な転換の道を選ぶ。
原子力発電をめぐる議論は、ともすれば声高なののしりあいになりがちでした。
一方は、政策的妥当性を超えた国費の後押しを受けて、大独占企業が進める事業であり、圧倒的な資金と物量で、安全と必要を宣伝する。その宣伝の中には、明らかな詭弁や問題のすり替えがあるが、反論や指摘は物量の前にかき消される。
他方は、疑問や批判が深まれば深まるほど、それがかき消されることにいらだちや焦りがつのり、ともすれば説得や事実の提示よりも、非難や攻撃が前面に出て、次第に余人の近寄りがたいものになる。
「ありがとう、さようなら」は卒園、卒業の際にうたわれる歌の歌詞でもあるそうです。意味は違って使われているのですが、その言葉のおだやかさが生きて、とげとげしい議論を和らげながら、進む方向もきちんと示す良いメッセージになっています。
復帰 ― 2011/05/11
復帰します。
痛かった・・・ ― 2010/03/26
11月以来、このこの掲示が更新できませんでした。以下言い訳をします。
12月は12月議会で忙しく、年明からは頑張ろうと思っていたら、正月二日の夜、首から肩にかけての耐えがたい鈍痛。痛み止めもなく呻吟して一夜を明かし、ようやく診療所に行くも、「整形外科ではないので」と痛み止めをくれただけ。ちっとも効きません。
ようやく整形外科を受診しても、半月後にMRI写真を見て「頸椎の椎間板ヘルニア」の診断名はついたものの「長引くかもしれんよ。どうしてもだめなら切ってあげる」で終わり。とほほ。
以降、ほぼ二月半ばまでは日常生活をこなすのがやっと。首に負担軽減の簡易ギブスをはめていると、とても目立ちます。そして同じ経験のある人がたくさんいることもわかりました。
痛みがどんなに人の心を萎えさせるかということもよくわかりました。今までは、ツメがはがれたことや、膝の関節円、せいぜい尿管結石程度。これもとんでもない痛みではありますが、一日二日の峠を過ぎると耐えられます。
夜寝る時も寝返りが打てず、朝起きても「今日も痛いやろな」と思うだけで動く気が萎えてしまいます。病気と言うもののつらさの片りんに触れた様な気がします。
鍼灸治療を受けながらそのまま予算議会に突入。パソコン、座り仕事、運動不足、議論のストレス、と最も首に悪い環境の一月間を何とかしのぎ切って、ようやくこんな文章が打てるようになりました。
ちなみに、鍼灸マッサージはかなり効果がありました。同僚の議員が鍼灸師で適切なアドバイスを下さり、助かりました。ひそかに「名人」と呼ぶことにしました。
12月は12月議会で忙しく、年明からは頑張ろうと思っていたら、正月二日の夜、首から肩にかけての耐えがたい鈍痛。痛み止めもなく呻吟して一夜を明かし、ようやく診療所に行くも、「整形外科ではないので」と痛み止めをくれただけ。ちっとも効きません。
ようやく整形外科を受診しても、半月後にMRI写真を見て「頸椎の椎間板ヘルニア」の診断名はついたものの「長引くかもしれんよ。どうしてもだめなら切ってあげる」で終わり。とほほ。
以降、ほぼ二月半ばまでは日常生活をこなすのがやっと。首に負担軽減の簡易ギブスをはめていると、とても目立ちます。そして同じ経験のある人がたくさんいることもわかりました。
痛みがどんなに人の心を萎えさせるかということもよくわかりました。今までは、ツメがはがれたことや、膝の関節円、せいぜい尿管結石程度。これもとんでもない痛みではありますが、一日二日の峠を過ぎると耐えられます。
夜寝る時も寝返りが打てず、朝起きても「今日も痛いやろな」と思うだけで動く気が萎えてしまいます。病気と言うもののつらさの片りんに触れた様な気がします。
鍼灸治療を受けながらそのまま予算議会に突入。パソコン、座り仕事、運動不足、議論のストレス、と最も首に悪い環境の一月間を何とかしのぎ切って、ようやくこんな文章が打てるようになりました。
ちなみに、鍼灸マッサージはかなり効果がありました。同僚の議員が鍼灸師で適切なアドバイスを下さり、助かりました。ひそかに「名人」と呼ぶことにしました。

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