酒井一はみどりの政治をこう考えています2013/05/24


◇政治は未来からのメッセージ。環境は未来からの預かりもの。

◇安定した雇用と社会的平等が経済の活力のみなもとです。

◇原発は「畳の上の焚火。」止めることからしかはじまりません。

◇平和は正義でなく友好と忍耐で守るもの。

◇防災は、最悪を想定し最善を尽くすこと。

◇福祉は人権です。恩恵ではありません。

◇いじめや体罰は犯罪です。被害者を守ることが出発点です。

市民の力 No742013/05/21


議会報告「市民の力 ニュースNo74」発行しました。

市民力ニュースNo。732013/05/11


議会報告「市民の力 ニュースNo73」発行しました。

酒井一 出発のつどい2013/05/10


「酒井一 出発のつどい」を開催いたしました。

2013年3月30日(土)労働福祉会館にて



稲村和美尼崎市長挨拶


4・28沖縄デ―? 主権回復の日?2013/05/07

 4・28は、私たち学生運動世代にとっては「沖縄デ―」でした。
 その「沖縄の日」が、安倍政権によって日本の「主権回復の日」に意味づけられました。
 これはとんでもない歴史に対する冒涜です。

 1950年4月28日は、サンフランシスコ条約の発効により、日本が敗戦後の占領から独立した、その陰で沖縄がその後長く続くアメリカ軍政下に置かれることが確定した日です。
 私たちの国は、戦争で負けましたが、沖縄という領土を割譲したのではありません。それは第二次大戦の連合国(特にアメリカ)が掲げた正義に反します。
「領土の争奪のために戦うのではない、民主主義と反植民地主義のために闘うのだ」というわけです。
 だから沖縄の「割譲」はとても「姑息」な手段で行われました。
 「領土を奪うのではない(つまり、アメリカの領土にするのではない)が米軍の軍政下に置く」
 そうすると、沖縄はアメリカでもなく日本でもないことになる。そのことによって、アメリカは、本国ならば住民との関係で到底許されない過酷な条件で軍事基地を維持することができる。
 他方、日本本土にとっては、本来押し付けられるべき軍事基地負担のほとんどを沖縄に押し付けて口を拭うことができる。
 これこそ、昭和天皇がいみじくも言ったように「沖縄を売り渡してすむのならば・・」であったのです。

 それだけの歴史を背負ったこの日を、「主権快復よかったね」と単純に祝う気にはとてもなれません。
 ましてや、その日に、「沖縄はこれからも売り渡され、犠牲になり続けるのか!」との抗議のデモに起ちあがった人たちに「売国奴」「日本から出ていけ」などの罵省を浴びせる人たちの存在を信じたくありません。

 「売国奴」? 売られたのは沖縄ですよ。売ったのは誰ですか?
 「日本から出ていけ」? 沖縄では「日本復帰に託した基地縮小の夢がこれほど卑劣に破られては独立しかない」という議論もあると聞きます。その議論の前には、私たちは頭を垂れるしかないでしょう。どの口で「じゃあ出ていけ」と言えるのでしょう?

竹中さん2013/02/08

竹中さん

 お久しぶりです。NHKのニュースに生出演しておられましたね。お姿だけでなく、ご発言もとても懐かしいものでした。

 「雇用の規制を取り払わないと企業は雇用がしにくいので海外に逃げて行ってしまう。」
 このようなご趣旨だったように思います。

 かつて、この考えのもとに、派遣労働が解禁されたのですよね。
 その結果はどうだったでしょうか。

 手元に1000円の金も持たずにネットカフェで世を明かす若者。「年越し派遣村」の大賑わい。秋葉原だったかの無差別殺人事件。

 商品は自由競争の中で品質と価格のバランスが磨かれていくものです。

 しかし、労働力は商品として扱ってはいけないのです。なぜならそれは生きた人間だからです。
 人間は商品と違って値段が合わないからといって在庫しておくわけにはいきません。在庫の間に飢えて死んでしまいます。

 人間は商品と違って性能向上のために仕事を休むわけにはいきません。その間収入がなくては食べられないのですから。

 人間は日々食べなくてはいけないので、商品市場では不断にたたき売りをするしかなくなります。
 だから労働力市場には他の商品市場には無い、労働者保護のための特別な「規制」がかけられてきたのです。

 雇用に関するものでいえば、職業安定法がその柱です。公共以外に労働力のあっせん(人入れ)を禁じる法律です。
 労働者派遣法はこの「人入れ」を解禁したのです。それでも製造業でまでこれを許すと不安定雇用が増大するので、まだ製造業での派遣は禁止されていました。それを取り払ってしまったのが、小泉改革です。竹中さんの仕事の一つでしょう。

 労働力市場の規制撤廃は最も大事なところですでに実施されているのです。その結果が、今日の不安定雇用の拡大、社会不安の増大なのです。

 なのにあなたは「僕はまだ本当の成長戦略をやったことはないのです」とおっしゃる。
それは、私には「まだ、労働者を本当の地獄にたたきこんでいません」とおっしゃったように聞こえてしまいます。

 かつて帝国陸軍は、もう十分以上に戦って負け続けていながら、本土決戦を呼号するにあたって、「我が軍はまだ本当の地上決戦をやっていない」と叫んだそうです。
 そのバカバカしさと、しかしこのばかばかしい無責任がもたらした災厄の深刻さを、竹中さんのこの発言と重ね合わせて考えてしまうのでした。

けん銃に手をかけた?2013/02/07

 「拳銃に手をかけた?」 「いや、撃鉄を起こして狙いをつけたようなものだ」
 「刀の鯉口を切った?」 「いや 抜いたところ」
 元「男の子」たちはやや興奮気味に語りあっています。

 「男の子」の張り切るのも無理はありません。中国軍艦が自衛艦に照射したという射撃管制レーダーというのはとても剣呑なものなのです。軍艦であれ何であれ船のマストの上でくるくるまわっているレーダーとは全く違うものです。
 ハリウッド映画でよく登場する照準ための赤い光の点。人物の額にその赤い光が当たるということは、引き金を引けばそこに弾が当たることを意味しています。あれと同じです。
 「ロックオン」という言葉も思い出します。照準が定まったということです。あとは引き金を引くかミサイルの発射ボタンを押すだけです。
 最近の大砲やミサイルは、このレーダー照準が定まるとあとは100発100中です。
直ちに回避か反撃をしても、次は「撃たれる」ではなくて「命中」なのです。

 西部劇では相手が拳銃に手をかけたら、いや拳銃に向けて手を動かしただけで正当防衛が成立すると言われていました。
 時代劇でも刀の柄に手をかけたら戦闘開始でした。
 
しかしその論理は危険です
 私たちはひょっとすると、とても「ヤバイ」やつを相手にしているのかも知れないのです。考えてみてください。中国軍というのは中国政府の軍隊のようで、実はそうではないのです。中国共産党の軍隊なのです。「共産党が政権を握っているのだから同じことじゃないか」と言われるかもしれませんが、私たちの国がかつて持っていた軍隊のことを思い浮かべて下さい。帝国陸海軍も日本政府の軍隊ではなくて天皇の軍隊でした。天皇は日本の元首でしたから、天皇の軍隊は政府の軍隊だと言えましたか?
 統帥権は政府ではなくて天皇に属しているので、日本軍は出先で政府の知らないままに行動し、追認させることができました。そのことが日本を侵略国家として振舞わせる上で大きな要因になりました。
 政府の統制を離れることが可能な軍隊が暴れると政府間外交が統制力を失いますから、カウボーイの撃ち合いになってしまいます。

 近現代の世界で、形式的にせよ政府とは別の統制系統を持った軍隊を私は他に知りません。奇しくも両方とも「こうぐん」(皇軍と紅軍)と唱えるのですが・・・。
 私たちは、政府と別の統制系統を形式的にせよ持っている軍隊というものがどのようなふるまいに及ぶ可能性を持っているのかを自分の国の歴史で知っている稀有な存在です。
 教訓に基づいて冷静に対処しましょう。挑発や屈辱に耐え、「状況次第」の「状況」を改善する努力しか選択肢はないのです。

今年初めてのブログでした2013/01/05

 明けましておめでとうございます。さっきの文書を上げてから新年だということに気づきました。

 昨年暮れの衆議院選挙の後では、あまり「おめでとう」という心境にはなれないのですが・・・。

 総じて脱原発の世論は行き場を失ってしまいました。

 みどりの党が脱原発の世論の受け皿として登場出来なかったことが何より悔やまれます。

 さて今年は私にとって幾度目かの節目の年です。順に5期目を振り返りながら、次への思いを築いていきたい塗思います。よろしくお願いします。

4年前に書いたこと2013/01/05

 自らの市議5期目を振り返ろうと文書を繰っていたら、2009年に5期目に向けて書いた自分の問題意識に出くわしました。
 いまだに解決していない問題ですので5期目の振り返りの出発点にしたいと思います。 

2009年1月頃の文章です。

 大きな支持を受けた二期目の白井市政のもとで、私は市の行財政改革の課題として二つの問題を取り上げました。

 まず、民間委託のあり方です
 市の仕事の民間委託が進む中で、民間にしてもらう仕事の「質」はどうなるのでしょうか。 民間委託にはもちろん経費を安く上げる目的があるのですが、安さだけを追求するあまりその仕事の中身にさし障りが出るようなことがあってはなりません。
 それを防ぐ仕組みの一つとして、私たちは「公契約条例」を議員提案しました。これは、市の仕事を民間委託する場合、その仕事に就く労働者の賃金が一定以下にならないような契約を結ぶことを市長に義務付ける条例です。賃金を保障することで仕事の質を維持する狙いです。
 この条例の基礎には総合評価入札制度の考えがあります。これは入札をするときに、価格だけではなく仕事の質や、環境や人権への配慮なども評価して発注業者を選ぶ仕組みです。これまでにも、たとえば学校給食調理のように、費用の安さだけでなく仕事の中身も大事な仕事では、「プロポーザル」などと言って価格競争入札ではない方法をとってきました。しかしそれはちゃんとした仕組みにはなっておらず、担当の職員の裁量に任されていたのです。
 しかし、それでは透明性公平性に問題があります。かといって透明性公平性を保障しようとすると一番はっきりする価格競争入札になってしまう、というジレンマに陥ります。そのジレンマを解消するために、仕事の質への評価も取り入れた総合評価入札や公契約条例という「新しい民間委託の仕組み」を作ろうとしているのです。

 次に、職員の人件費の問題です
 市はこれまでは、主に職員の数を減らすことで人件費を削減してきました。
 しかし、完全に人員減になるのではなく、その穴埋めに嘱託や臨時の非正規職員を雇ってきたのです。これらの非正規職員の給料は正規職員の4分の1から3分の1。
 両方をならして総人件費を抑えようというわけです。
 ところがそれでは、「同じ仕事をしながら給料がうんと違う」という矛盾が出てきます。
 他方で正規職員の間では、「どんな種類の仕事をしていてもほとんど同じ給料」という、民間では信じられないような制度がそのままになっています。
 職員の給料を、同種の仕事の民間給与にあわせて仕事の種類ごとに変えれば、仕事の種類によっては人件費が下がります。そうすれば、雇い方(正規、非正規)による差別無く、同じ仕事には同じ給料を払って、しかも全体の人件費を抑えることができます。

そして 、このような私の意見に
   関係する問題が次々と起こりました。

●市立弥生が丘斎場の委託業者が指名停止ではずれる。すると接遇で評判のよかった従業員も一緒にいなくなってしまう。

●住民票データ入力業務の偽装請負問題。ストライキにまでなりました。

●全小学校の給食調理を民間委託。給食の質の保障は?

●保育所の民間移管。最終的には公立を九園まで減らす。公立、民間の役割分担はどうなる?民間移管への保護者の強い反対で裁判になってしまった。

●卸売市場のごみ処理の入札で職員が特定業者の入札を有利になるようにした不正。どうも市職員の動機は「よい仕事をする業者と契約したい」という事だったらしい。


 次々と起こるこれらの問題に取り組んでいるうちに、問題は予想以上に大きいことに気づきました。
 正規職員は身分も賃金も一定守られる。経費の節減は非正規や民間の労働者に押し付ける。
 普通なら良心がとがめるだろうと思えるこの不公平に、市役所では、管理職も職員組合も、ともに鈍感なのです。私はこれを「市役所ご一家」意識と呼んでいます。
 財政難で市民に負担や我慢を求めるならば、同時に市役所のこの風土、体質を改めなければ市民は納得しないでしょう。

 この課題は、まだあまり広くは理解されておらず、しかも職員の皆さんに受けは良くないかも知れません。
 
 しかし、市役所改革のためには避けて通れません。

 私は引き下がるつもりはありません。しがらみのない議員が、同じくしがらみのない市長のもとでしかできない仕事だ、と思い定めて闘う覚悟です。

原発運動に逮捕の魔手2012/12/17

 原発反対運動に対する公安警察の弾圧が始まりました。歩道をあるいた咎で若手の大学の先生が逮捕されたのです。JR西日本の土地だったと言うのです。誰の持ちものかは知りませんが、そこはどう見ても歩道です
 他にも非道な逮捕が始まっています。公安警察は、社会運動がある水準まで発展すると必ず逮捕という名の拉致を試みます。
 目的は、
 1 運動の破壊   (運動の要の人物を奪う)
 2 サンプリング  (どんな奴が運動しているのか調べる)
 3 参加者への恫喝 (「こんな所に来てるとろくでもない目に会うよ」)
 です。
 法的に正当な理由はありません。逮捕とは名ばかり。実際は「拉致」なのですから。
 純真な人々は「ひどいことをする」と怒っています。私も同じく怒りを覚えますが、他方で、「やつらはこういうことをするものなのだ」と思ってしまっている私は何なのでしょうか。

 ともあれこの無法なふるまいを許してはいけません。
 下地さんからは以下の様なメッセージが発表されています。紹介します。


 ◆ 不当勾留中の下地さんから 声明文が届きました ◆

逮捕状の被疑事実は、すべて、事実ではありません。当日現場にいた公安の警察官もすべてを見ていたはずなのに、堂々と事実と異なる被疑事実に基づいて逮捕を行ったことに、とても驚いています。


なぜ警察がウソをついてまで私を逮捕するのか。それは私が、原発の再稼働に反対し、放射能の拡散に反対する市民運動に参加してきたからであり、とりわけ、運動の中で出会った警察の不正行為についても厳しく批判してきたからです。悪いことはなにもしていません。


いま、私たちが暮らす日本は、そして世界は、危機的な状況にあります。福島の原発事故はいまだ収束せず、4号機の使用済み核燃料プールが倒壊すれば、日本だけでなく、世界が終わると言っても過言ではない大惨禍をもたらすことになるでしょう。放射能汚染への対応もまったくできておらず、食品その他の流通を通じて、汚染は拡大しつつあります。そんな中、「電気が足りない」とうそぶき、原発を使い続けようとしているのです。すべてが狂っているとしか言いようがありません。


この半年か1年の間に、政府がどのような施策を行うか、それによって私たちの未来は大きく変わるでしょう。日々、学生たちの顔を見ながら思います。二十歳そこそこの彼らが私と同じ四十歳になる頃、どんな世界に暮らすことになるのかと。そのたびに、今回の原発事故を防げなかったこと、先輩世代として申し訳なく思います。彼らには罪はないのですから。せめて、少しでもマシな世界を残せるよう、微力を尽くしたいと思っています。事故はすでに起きてしまいましたから、時間はあまり残されていません。しかし、希望はあります。


私は、いま、動くことができなくなりました。でも、諦めてはいません。こうして、私の声を外に届けることもできます。そして、もっと多くのみなさんが行動してくれれば、声をあげてくれれば、きっとまだ間に合います。


私はとりわけ、私と同じように大学で教えている人、医師や科学者などなんらかの意味で専門家と呼ばれている人たちに呼びかけたいと思います。「無知で冷静さを欠いている」かのように見える市民にこそ学んで下さい。その声が無視され、軽んじられている人のために語って下さい。


真実は、批判と応答を通じて初めて、姿を現します。政府をはじめとする権威が語ることではなく、その反対側に立ち、権威に対して反問することを通じて真実が明らかになるように行動して下さい。まちがってもいいのです。常に弱い側に立ち、その軽んじられる言葉や存在を擁護し、自らが仮にまちがうとしても、逆説的に、権威との言説の応酬の中で真実が明らかになるように、語って下さい。あなたの専門分野が何であるかは、関係がありません。勇気をもって下さい。


最後に、私がもっとも深く関わってきた震災がれきの問題について述べます。大阪市は11月末に試験焼却を強行し、来年2月の本焼却開始に向けて着々と準備を進めています。
何度もあちこちで述べてきましたように、震災がれきの広域処理は誰のためにもなりません。それは被災地支援どころか復興予算の横取りであり、かえって復興の足を引っぱります。同時に、放射能をばらまき、かつ、汚染地の人々に放射能を受忍させ、加害者である東京電力の責任を軽減するものです。代償は、私たちの、子どもたちの、そして、これから生まれてくる子どもたちの命です。こんなデタラメな施策が許されていいはずがありません。絶対に止めなければなりません。これまでともに学び、取り組んできたみなさん、諦めずに戦ってください。また、これまで震災がれき問題について知らなかったみなさん、是非、今からでも知って力を貸して下さい。これは、私たちの未来そのものを守るための戦いです。


私はいつ出られるかわかりません。でも、いつかきっと出られます。姿は見えなくても、心はともにあります。この間、不当に逮捕されている他の仲間たちもきっと同じ気持ちです。みなさんに会える日をたのしみにしています。


2012.12.12 下地真樹