火事 エピソード 1 防炎布2009/04/08


 夜中に連絡を受けて駆け付けた私の眼の前で事務所を炎が舐めていきました。
 私の事務所は市場の端で、隣は普通の民家です。火は二階から廻ってきて二階のほうから隣家にも炎が迫っていきます。

 隣家はちょうど外壁のか改修中で、養生の布が張り巡らされてはためいていました。「あの布を伝って延焼するだろう。なんと運の悪いことだ。」と思っていたのですが、幸い隣家はなんとか持ちこたえました。

 火の勢いから考えて信じられない思いでしたが、あとで聞くとその養生の布が防炎の働きを持っていたようで、かえって在って良かったとのことでした。

 改修工事は終わりかけていて、その日のうちにも布を外そうと考えていたところだそうで、何が幸いするかわかりません。
 
 家の中は消防士がホースを抱いて突入しているのでぐちゃぐちゃだそうですが、「火が入らなかっただけでも幸いで、工事の布に感謝しなくちゃ」と隣家のTさんと語り合ったことです。

エピソード 2 電波が焼けた?2009/04/10

 避難者の世話などで走り回っていると、さまざまな声がかかります。激励、お見舞はもとより、被災関係の様々な問題が訴えられます。
 当惑したのは「火事からこっち、テレビが映らなくなった」という苦情でした。

 まず、両者にどういう関係があるのかが思い浮かびません。
テレビの電波が火事で焼ける???
火事の煙で電波が妨げられる???

 入口の疑問に引っ掛かってしまって頭が回りません。

 何人もの方から同じ苦情を聞いているうちにようやく事態が飲み込めてきました。

「キョウチョウアンテナ」

 高層建物の電波障害対策で協聴アンテナを立てて、そこから有線で各家庭につないでいる、その線が市場の火事で焼けおちたようなのです。

 そのことが分かりかけた時には、すでにだれかから連絡が行ったようで、業者さんが見に来ていました。
 しかし「立ち入り禁止を解いてもらわんと作業ができない」とのことで、もうしばらくは我慢してもらうしかない。

 そう勝手に納得して歩いていると、また

「テレビが映らへん」と声がかかります。

「線が焼け落ちたらしいです。修理には来てはるからもう少し我慢を」と答えると、
 
「お前、市会議員やったらなんとかせんか」と罵声。

 ほんとに「とほほ・・・」 でした。

ミサイル?人工衛星?2009/04/13

ミサイル

 「隣の家の屋根越しに花火を上げる奴があるか!」「隣家としては騒ぐのも当然だよな」という「ノリ」で、日本政府の大騒ぎを見ていたのですが、・・・

 政府がよりどころとしている国連決議の内容を知って驚きました。

「北朝鮮はミサイル作ったらあかんで」というものだそうです。
 核拡散防止条約も手前勝手だが、条約だから加盟するかどうかはまだその国の「判断」だけど、この国連決議は加盟か非加盟か選択する余地もなく一方的に「俺らは持ってもええけどお前とこはアカンぞ」と決めつけるもので、究極の手前勝手。アメリカやロシアなんかどの面下げてこんなことを言うのだろう。
 日本にしても、ミサイルとして使えるロケットで人工衛星を打ち上げているのだから、一概に隣の国はアカンとはいえないはず。(たとえどんなに評判の悪いお隣でも)

 つまり日本政府が、北朝鮮のミサイル打ち上げを非難している根拠は、隣の家として「危ないやないか」というのではなく、この手前勝手な国連決議であるということのようです。だとしたら麻生さんのしかめつらの正統性にも眉毛につばをしてかからねばなりません。
 
 そうすると(眉毛につばをつけてみると)、あれはミサイル迎撃ミサイルのお披露目だったのか、と思えるようなシーンがたくさんありました。

 1 東京のど真ん中、人目につくところに配備された迎撃ミサイル。
  落ちる危険があるのは東北地方だよ。
  しかも、官邸を守るにして、もうんと長距離で迎撃するミサイルをそんなにそばにおいてどうするの?
 2 迎撃ミサイルの展開する場所の入り口を警戒する自衛官。門番みたいに堂々と立っている。
  ほんとはどこかに身を隠して警戒しないといけない。あんなもの、ほんとのゲリラは遠くから狙撃してから突入する。

 挙句の果てにあの誤報。とてもかっこ悪かった。危機だ危機だと戦争のように騒ぎながら、本気で「危機」に対処する腹も据わっていないことが露呈しました。

 国民を怖がらせて、軍備増強への支持を取り付ける、現政権の求心力を強める。

 国民の支持を失い弱体化した政権の常套手段ですが、はたして我々をだますことはできるのですかね。

 相手は「人工衛星だ」と言い張っているのですから、「それなら軍事秘密もないだろうから、うちの屋根越しに上げずに種子島を貸してあげるからそこから上げなよ」位の事は言ってみたらどうでしょうね。
 それでも屋根越しに撃ちたがるようでしたら、その時彼らの目的がはっきりするでしょう。

ホームページが正式に開きました2009/04/14

アドレスは下記のとおりです。見てください。

http://shiminpower.net/

106人か107人かー福知山線脱線事故の芝居2009/04/18

JR福知山線脱線事故から4年。「脱線」という芝居を観てきました。「あの事故を運転手の立場から描いた」という主題設定にひかれたのです。

事故の後JR西が、追悼の対象を「106人」と表明したことを知ったとき、私は、体が震えるような怒りを覚えました。死者は運転手を含めて107人なのです。

 帝国軍隊をほうふつとさせる「日勤教育」という名の従業員いじめ、が運転手の暴走の原因の少なくとも一つであることを否定する人は「JR西」関係者以外にはいないでしょう。

 ならば、JR西が運転手を犠牲者から外すという行為は、会社としての責任の一切を、若干23歳の若い運転手にかぶせて、知らぬ顔を決め込もうという魂胆丸出しではありませんか。

 簡単に色分けすると、JR西は加害者、乗客は被害者、そして運転手は「被害者かつ加害者」なのです。JR西が乗客の霊前にぬかづいて告げるべきは、会社、組織としての責任と運転手個人の責任の分担についての、自己弁護を排した告白であるべきでした。

 運転手は追悼の対象としない、つまり被害者の側面はないと主張し続けるならば、JR西は鉄道会社としての責任を回避することになり、事故原因が改善されることもなければ、信頼を回復することもできないでしょう。

 死んだ運転手の若者賛美にかしいでいることと、JR西のやっていたであろう日勤教育という「労働者支配」の表現のステレオタイプなこと、などはやや懸念されますが、細部はともかく4年目の4月25日を迎える前に、良い芝居を観ることができました。

調整中?2009/04/21

 年度が替ると、市役所の一階のエレベータの脇の庁舎案内に「調整中」の張り紙が登場します。役所内で部署が引っ越しするからです。

 毎年のことで珍しくもないのですが、しばらくすると気になり始めました。

 それが10日、2週間とそのままになっているのを見て、さしもの鈍い私にも、自分で何が気になっているのか解ってきました。

 いったいどこのスーパーが、どんな百貨店が、店内模様替えの後、1週間も10日も案内板を直さずに放置するでしょう。そんな店があったらそれだけでその店は、客商売としては失格ですよね。

 4月1日から、新設の部や課も含めて、すべての市役所の部署はどこかで仕事をしているはずです。

 その部署の案内を作ることぐらい、庁舎管理の担当者がパソコンをたたけばすぐにできることです。アクリル板の立派な案内版は各部署の調整の小移動が終わってからゆっくり作るとしても、紙にプリントしたものでも張り出そうという気持ちにならないのは一体どういうことでしょうか。

 売場の案内がなくて、客を迷わせることに平気な「顧客志向」(市役所の在り方としてよく言われます)って一体何なのでしょうね。

 このことを言っていくべき部署を考えたのですが、これが思い浮かびません。仕方なく「何でも屋」の総務局総務課に電話しましたが・・・。
市役所には市役所に来る市民の利便性を考える職務、部署がないのです。

 「調整中」という言葉は役所言葉で「作成中」の意味だと思いますが、まさか、役所内部の部署間の場所とり合戦を「調整中」という意味ではないでしょうね。

 以前に触れた、夜間休日の届けを受け付ける場所が、裏口の守衛所の前の廊下だ、という問題と同じ、「これぞお役所」というべき感覚なのではないでしょうか。

脱線事故現場2009/04/23

 4月25日を前にして、「脱線」というあの事故を運転手側から描いた芝居を見てしまって、すっかり脱線事故づいてしまいました。

あいさつ回りの往き帰りに、現場によってしまいます。

その成果です。例のカーブを写真に撮ってきました。「例の」というのは、まさにこのカーブで電車が脱線したというだけでなく、このカーブの曲率そのものが事故の原因だと言われているのです。

上り列車は、写真手前から右にカーブを切って尼崎駅に向かいます。60キロの制限速度表示があります。当時は制限70キロでした。脱線した電車は100キロ以上の速度が出ていたそうです。

運転手が「日勤教育」などの「しごき」への恐怖から回復運転の速度を出しすぎたことがもちろん第一原因です。

しかし、鉄道会社としては、運転手がミスをしても事故が起きないように、二重三重の安全性を確保することが必要です。

上り線はかつては、衝突したマンションの左側を通っていました。輸送力増強のために下り線と同じルートに付け替えたのですが、カーブは急になりました。下り線はこのカーブの手前に、尼崎駅から発車してすぐに大きなカーブした陸橋があり、速度は出にくいのですが、上り線は伊丹駅からの長い直線で速度が上がりやすいのです。

カーブの曲率も当初の設計では半径600mだったそうで、なぜかそれが半径300mになってしまった。このような条件の急カーブには、少なくともATSの設置が必須でした。

写真のための追加2009/04/23

 前の文章にふさわしい写真はこれです。2枚上げようと思ったのですがやり方がわからないので、二つめを書きました。

彩雲2009/04/25

 議会の入り口で共産党の女性議員義村さんが空を見上げています。(口は開けていませんでした。念のため)

 「何を見てるの?」と聞くと、「虹が出ているのよ」との答え。

 こんな晴れた日に? と思って見上げると、これでした。

 急いで買ったばかりのカメラを向けました。何人かで騒いでいると議会を出入りする人が皆、空を見上げて通ります
 
「彩雲」というそうです。吉兆だともいわれます。

 太平洋戦争で日本軍が使った高速の偵察機もこんな名前だったな、と考えてしまう軍事オタクのわたしでした。

つくづく 「お役所」 ですね2009/04/25

先に書いた、市役所の「お役所ぶり」

総務局に申し入れて2日後の写真です。何も変わっていません。

アーア・・・。